滝子山への登山ルートは、すみ沢、寂惝(じゃくしょう)尾根、癒しの森、南東尾根、東尾根、浜立尾根、浜立山南稜、北方川両岸の尾根、アモウ沢乗越を経由するもの等があります。
寂惝尾根は、岩稜とイワカガミが人を引きつけます。しかし、登攀路を熟知せずに寂惝尾根を下ることは、危険が大きいとされています。
富士急山梨バス: 笹子駅 → 吉久保 甲州市民バス: 甲斐大和駅 ← やまと天目山温泉
地理院地図: 滝子山 , 大谷ヶ丸
滝子山の天気: 大月市 , 滝子山 , 笹子駅
レポ: 道証地蔵から滝子山 , 白野宿から滝子山 , 浜立山・滝子山 , 恵能野からアモウ沢乗越
5月9日、滝子山と大谷ヶ丸を歩いて来ました。登りは寂惝尾根で、ここに咲くイワカガミ(ベニバナヒメイワカガミ)が目当てです。岩場は慎重に三点確保してクリア。山頂では、この季節にしては珍しいほど鮮明な富士山が見られました。大谷ヶ丸への道は、心落ち着くカラマツの道。瑞々しいカエデの若葉や、真っ白なムシカリの花に目を潤されました。下山は米背負峠を経て天目へ。そして、今回初めて禅寺の栖雲寺(せいうんじ)を訪れました。
この春の鉄道とバスのダイヤ改正で、7時33分笹子着の電車では、朝一番の大月駅行きバスには乗れなくなりました。やむを得ず早起きして初電で行き、笹子駅前で準備運動とストレッチを念入りに行いました。吉久保へは歩くほうが早く着くのですが、それでもバスに乗るのは、早朝から交通量の多い国道20号を歩きたくないからです。
吉久保でバスを降りると、旧甲州街道を稲村神社まで歩きます。神社からは左手の農道のような、林道のような道を進んで、中央自動車道の上を越えます。空はこの上なくよく晴れ、滝子山と浜立山、寂惝尾根がすっきりと望めました。山が呼んでいるようで、わくわくします。登頂意欲がぐんぐん高まって行きました。
櫻公園は、準備運動や身支度をするのによい場所ですが、すでに準備万端なので素通り。歩き始めてから20分ほどで、寂惝苑の前にやって来ました。ここで滝子山を指す小さな標識を見て左折し、山道に入ります。松や杉の立ち並ぶ林をしばらく歩くと、軽い登りの広葉樹林になり、送電鉄塔の下を通過。吉久保から40分ほど歩いた頃、林道に飛び出しました。すぐ右手で擁壁が切れていますが、そこが取り付きです。
今は新緑の季節の真っ只中。気分よく登って行けるのですが、傾斜はかなりあります。ヤマツツジの花は、赤い絵の具を水で薄めたような優しい色。萌える若葉の明るい緑によく映えます。行く手に赤い屋根の山小屋があるのかと思って、近づくとそれはヤマツツジの花だった、ということが何度かありました。
林道を横断してから20分ほど登ったころ、登山道に岩石が露出している箇所がありました。早くも岩場かなと思ったら、これはすぐに終了。背後から熊鈴の音が聞こえたので振り向くと、私よりも年配の男性がスタスタと軽快に登って来ました。健脚です。その方が立ち止まって、ブナの木を撮影したので、私も興味を持って眺め回し、撮影しました。通行人に何かメッセージを発信したそうな姿をして、寂惝尾根の名物ブナと言えるかもしれません。
標高が上がって行くにしたがい、ヤマツツジは蕾ばかりになってゆきました。ツツドリの声がのどかに響いています。登山道は、次第に岩山らしい様相を呈し始めました。岩に赤ペンキがあるところでは、それに従って行きます。やがて、ヤマツツジに代わって、ミツバツツジの鮮やかな花が見られるようになりました。ふと、左手の樹木のすき間から、南アルプスの聖岳、赤石岳、悪沢岳を望めたのには、いたく感動。足場に注意しながら、何とかカメラに収めました。
岩場の険しさが増してきました。もう赤ペンキには従わず、自分が見て最も登り易そうなルートを登ることにします。これはうまく行きました。四駆(両手両足)モードですが、三点確保をしていれば、不安な箇所は一つもありませんでした。
先ほどのブナの木から40分ほど登ると、大月市の道標が立っていました。「滑落多発!危険(寂ショウ尾根)」と書かれ、今登ってきた方向を指しています。下ってきた場合、この道標を見落として直進すると、突然道が終って、もし踏み外せば大事故につながりかねません。その箇所を偵察してみると、登ってきた寂惝尾根が手に取るように見えました。また、ここで初めて富士山が見えていることに気付きました。息を呑む美しさです。感動しながら撮影しましたが、足場はよくありません。
この先がイワカガミの自生地でした。赤桃色の可憐な花が、ほほ笑んでいるというよりは、何か恥ずかしげに咲いています。花は終盤なのか、つぼみはわずかしか残っていませんでした。ところでイワカガミって、こんなに小さかったかなあ、と思いましたが、帰宅後に調べてみると、ヒメイワカガミの変種で、ベニバナヒメイワカガミのようです。葉の形に特徴があります。それから約20分間、撮影三昧になりました。
十分に満たされた気持ちで、山頂を目指して行きました。浜立山への分岐に立つ道標は、「滑落多発!危険(寂ショウ尾根)」と書かれた腕木が下に落ちていたので、方向が正しくなるようにして、近くの岩と枝の間に差し込みました。これより山頂まで、明るい尾根を歩くようになります。ムシカリの真っ白な花が、たくさん咲いていました。短い急登を経て滝子山西峰に至ると、南アルプスの塩見岳から甲斐駒ヶ岳までを、ずらり一望。見事です。木の枝を避けながら、なんとか撮影しました。主峰に進みます。
山頂には誰もいませんでした。でも、秀麗富嶽十二景の名にふさわしい、すばらしい展望が待っていました。白籏史朗氏が撮影した美しい「秀麗富嶽十二景」は、なかなか本物を見れるものではありませんが、今、滝子山で初めて見ることができました。北面には、雁ヶ腹摺山、黒岳と白谷ヶ丸、ハマイバ丸、大谷ヶ丸が、滝子山の家族のように勢ぞろい。大谷ヶ丸とハマイバ丸の間に見えるのは、お父さん格の大菩薩嶺でしょう。その左には奥秩父と八ヶ岳の山並み。そして360度の大パノラマ。
さて、山頂の小岩に腰を下ろして、昼食にしました。こんな最高の場所で、たった一人で食事をするなんて、これが本当の贅沢かも知れません。私以外には、タテハチョウ(種は未確認)が一度やって来ただけです。食べ終わると地図を広げて、どこに下るか思案しました。あまりに天気が好いので、最短ルートで初狩駅に下りてしまってはもったいない。そこで、大谷ヶ丸にカラマツを楽しんで、米背負峠(こめしょいとうげ)から天目山温泉に下ることにしました。
山頂から鎮西ヶ池に向かうと、山の様相が一変しました。みずみずしい木々と、やわらかな土。もはや荒々しい岩山とイワカガミは見られません。寂惝尾根が父なら、こちらは母。ここで鎮西ヶ池の方から登ってきた単独の女性とすれ違いました。もうすぐこの人も独りであの富士山を見つめ、360度のパノラマを眺め、何を思うのだろうなあと想うと、少し得をした気分になりました。もっと人が来ればよいのにと思いましたが、これ以後下山するまで誰とも出合いませんでした。
鎮西ヶ池には、まだマメザクラが咲き残っていました。小さな池の上手の斜面には、初々しいシダも伸び出ています。どこかで人の声がしました。誰か下りて来たのかと思いましたが、人の気配はありません。するとまた人の声がしました。声は池から出る細い流れから聞こえたようです。何と言っているのか、聞き耳をたてましたが、それ以上声を聞くことはありませんでした。私は超常的な視覚や聴覚を持った体験は全くありません。勘違いか空耳か、動物の声だったのでしょうか。
その先では、カエデ類が密植していました。まぶしい緑のあふれる癒しの空間ができています。これらの木々が一斉に紅葉したら、どんな光景になるでしょうか? 滝子山には、また来なければなりません。
鎮西ヶ池から5分ほどで、三叉路にやって来ました。左へ行けば、小金沢連嶺の雰囲気いっぱいの防火帯草原と、いくつもの滝のある沢すじを経て、道証地蔵(みちあかしじぞう)に至ります。右は静かなカラマツ林を経て、大谷ヶ丸へ。どちらも歩きたいと思いましたが、今回は右の道を歩きます。これは山頂で決めてきました。滝子山から大谷ヶ丸への区間を歩くのは初めてです。
さて右の道に進むと、はじめはカラマツとモミの林でした。針葉樹も新緑はみずみずしく、毎年初夏になると青春に戻れるのがうらやましいところ。それにしてもカラマツの幹の細さ!「たおやか」という言葉がぴったりです。やがてイヌブナやカエデ類が増え、緑いっぱいの森に真っ白なムシカリの花が、優しげなアクセントを添えていました。
大谷ヶ丸への登りでは、たくさんのすみれが咲いていました。スミレと片仮名で書くと「スミレ」という和名のすみれ(マンジュリカ)と紛らわしいので、ひらがなで書くことにします。最も多いのは、ここでもタチツボスミレ。他のすみれも見られましたが、すみれの同定は全く自信がないので、やめておきます。すみれと黄色のツルキンバイとが混じって咲く、天然の寄せ植えもすてきです。
大谷ヶ丸には難なく到着しました。展望はありません。こういう山頂では、天を見上げます。青い空に高く伸び上がる緑のカラマツたち。自然が自分を包んでいることを実感します。よく見ると、樹間から透けるようにして、大きな富士山がありました。これは大発見! 腰を下ろし、この「透かし富士」を眺めながら、お茶にしました。靴を脱いで、足の血行を回復させます。これは最近覚えた小技で、ヤマビルのいない山で特に有効です。
大谷ヶ丸から米背負峠にかけては、レンゲショウマが自生しているらしいのですが、私は花がなければ見つけられません。ヤマトリカブトと思われる草は、たくさんありました。行く手にはハマイバ丸が枝越しに望めます。色とりどりの花の咲く季節に、湯ノ沢峠のお花畑まで歩きたいと思いますが、それはまたの日のお楽しみ。米背負峠まで下りると、大和村と書かれた標識が健在でした。
米背負峠から大蔵沢の支流に沿って下る道は、ずっと楽しみにしてきました。白い砂の上の清流がキラキラ、ゆらゆら光る様は、とてもきれいです。もう顔を洗うしかありません。シダやすみれ、ハシリドコロなどをあしらった天然のロックガーデンは、この季節にしてすっきり軽やか、和洋折衷的な趣きでした。1箇所ですが、老朽化した木橋は少し怖かったので、修復されることを願います。
大蔵沢林道は、修復済みの崩落地からの眺望が抜群です。富士山、御坂山塊、お坊山から笹子雁ヶ腹摺山への山並みが、突然目の前に現れます。もちろん、崩落自体は好ましくありません。でもこの崩落した斜面はコンクリートで補強されたので、将来も樹木が育つことはなく、大蔵沢林道の名所であり続けるでしょう。ただ現在、林業の機器や車両が稼働中で、大蔵沢林道を一般の車が通ることはできません。
やまと天目山温泉で、ゴールインとしました。バスの時刻まで2時間半ほどあります。その間、温泉に浸かるのですが、それでもまだ時間が余るので、今回初めて栖雲寺に行って見ました。県道218号を、大菩薩峠に向かって登ります。焼山沢に架かる橋を渡り、右手の尾根を巻いて行くと、秘境めいた集落が現れました。チベットのように、家屋が山腹に張り付いています。でも庭を彩る八重桜とツツジは日本の色。集落の中ほどで、右手の石段を上ると、栖雲寺の境内でした。
本堂の扁額は、天目山。右手には銅鐘と庫裡があり、その奥に禅の修業地が庭園として公開されています。甲斐の山奥に隠された文化遺産と言えるでしょうか。左手には、すでに廃校になった天目分校の校舎が、集会所として残っています。そして忘れてならないのが、天目集落から南面に望める山々。きょうの富士山は、まだしっかりと見えていました。その手前には、あのお坊山から笹子雁ヶ腹摺山へと続く山並み。天目は、ただの集落ではなかった! 天目バス停にトイレがあります。
やまと天目山温泉の入浴料は3時間まで大人510円。泉質は、PH=10.3 という高アルカリ泉。十分に疲れをほぐしました。甲州市民バスは、一乗車300円。気分も爽やかに甲斐大和駅に到着しました。ところが、バスの到着と上り電車の発車が、全く同じ17時24分! どちらも定刻どおりに運行してくれたので、次の電車まで39分間待つことに。バスは私を降ろした後は、空っぽで走って行きました。朝に乗った大月行きとともに、バスに関しては残念なことになっていました。
とはいえ、それは些細なことで、滝子山と大谷ヶ丸では、すばらしい一日を過ごしました。次は紅葉の季節に、甲州街道白野宿から「悲しみの森」と「癒しの森」経由で登ってみたいと思います。
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