奥多摩の海沢探勝路にある、三ツ釜の滝、ねじれの滝、大滝を併せて、海沢三滝といいます。海沢林道の状態によってはアプローチが長くなりますが、三つの滝がまとまった位置にあることもあって、水を愛する訪問者たちは十分に報われます。
鳩ノ巣城山は、JR奥多摩線鳩ノ巣駅のすぐ南にそびえ立つ、すっきりとしたピークを持つ山です。車窓からもよく見え、すぐにその名を覚えることができます。
地理院地図: 海沢三滝
海沢三滝の天気: 奥多摩町 , 奥多摩駅
8月7日、ぶり返し猛暑の初日、涼を求めて奥多摩の海沢探勝路に三滝を訪ねました。いずれも美しい滝です。豊かな冷気と霊気をたっぷりと湛え、心をリフレッシュしてくれました。帰路は大楢峠を経て、涼風漂うヤセ尾根の続く鳩ノ巣城山を歩きました。意外にも、そこはキノコだらけの山でした。
7月下旬に予定していた、夏山パーティー登山が流れ、その後のゲリラ豪雨やら猛暑やらで、運動不足になりそう。そこで足腰のメンテナンスのために、短時間の登山を考えました。真夏でも涼しく、独りで安全に歩ける場所を、ということで思いついたのが海沢探勝路。何を探勝するのかといえば、海沢三滝です。
この海沢探勝路を真っ直ぐ登り詰めれば、大岳山に至ります。魅力的なルートですが、真夏の低山に登ると、他の季節の2倍ほど疲れます。と言って、一つの山にも登らずに帰るのもつまらないので、サブコースとして、鳩ノ巣城山をオプションにしました。どちらにするかは、現場で決めればいいとして、それぞれの地図を持って家を出ました。
白丸駅では、先頭車両から降りて、トイレを利用しました。ホーム中ほどの白いドームは待合室です。駅を出たら、数馬の切通しに向かいました。先人たちが苦労して切り開いた道を、一度は見ておきたかったからです。駅からの最短ルートは知らなかったので、一旦青梅街道(国道411号)に下り、数馬峡橋の手前から右手の遊歩道に入りました。クモの巣を払いながら登ると、地元民の生活道路のような道に出て、すぐその先の右手に十一面観音堂がありました。緩い坂を下ると山道への取り付きがあり、山には登らずに(そのために切通しを開いた!)左に巻くと切通しが現れました。
説明板があり、「岩盤に火を焚いて水をかけツルハシと石鑿で切開いたもので、向かい側に宝暦年間の供養碑が…」と書かれています。その先、多摩川左岸の絶壁に人ひとりが歩ける道がありました。大きな荷物を背負っての行商では、すれ違いは厳しそうです。供養碑があるということは、工事の犠牲者も出たのでしょう。現在、JR奥多摩線は氷川トンネルを、青梅街道は白丸トンネル内を通過するので、ここに峡谷があることにも気がつきにくくなっています。奥多摩町指定史跡として保存され、落下防止の手すりも設置されていますが、通り抜けはできないので、一旦青梅街道まで戻ります。
数馬峡橋を中ほどまで歩くと、多摩川の上流方向に、その峡谷を望めます。この橋の上に立つと、固い岩盤に命がけで切通しを造った人間の凄さ、その岩盤にトンネルを掘った文明の凄さ、本来は山であった岩盤を深く削って流れる多摩川の凄さをしみじみと思いました。数馬峡橋を渡って多摩川右岸の歩道を行くと、美しい流れの向こうに高く切り立った左岸を眺めることができます。
数馬峡の歩道には、イワタバコが咲いていました。すでに花は終盤でしたが、駅から近いので、また見に来るために憶えておきます。暗いので、撮った写真のほとんどはブレていました。途中に短いトンネルがあり、これを抜けると正面に氷川発電所が見え、その背後に鋸尾根が望めました。右手は本仁田山のゴンザス尾根です。河原に降りる道もすぐ近くにあるので、時間のあるときは、ちょっと遊んでゆけます。
海澤の柿平橋(かきだいらばし)を渡ったところに野菜の無人販売所があったので、トマトを買いました。大小1個ずつ入って、100円也。沢の冷たい水で洗って食べるのが楽しみです。その先の、やや変則的な十字路を左に行くと、養魚場があり、ニジマス160円、ヤマメ250円と書かれていました。平日の午前9時から見学ができるようです。
アメリカ村キャンプ場は、学校が夏休みだからか、そこそこ利用者が来ているようでした。ここを通り過ぎて海沢林道をしばらく進んで行くと、イワタバコの小群落がありました。こちらはまだ見頃で、ふっくら白いつぼみもたくさんあります。タマアジサイも花火が破裂したように、白い装飾花と藤色の両性花が目に涼しげです。ウバユリもわずかながら咲いていました。どうしてユリのようにスッキリと咲かないのか、何かの手違いか、尋ねてみたいところです。
海沢(海沢川)に沿って、海沢林道を登って行きます。途中の海沢隧道は中ほどが素掘りのままになっていて、興味深く見ていたら、冷たい雫が落ちて来ました。早く行きなさい、ということのようです。その先で、林道の法面が崩落していました。路上に落ちた土石は、あらかた片付けられていましたが、その先で「通行止め がけ崩れ」となっていました。歩行者は自己責任でトラロープを跨いで越えることができます。
長い林道歩きが終わり、海沢園地にやって来ました。休憩所はアシナガバチが飛んでいたので敬遠。その先、海沢に小橋の架かるところで休憩しました。無人販売所で買ったトマトを沢の流れできれいに洗い、かぶりつきます。完熟の美味さが口いっぱいに沁みわたりました。次いで、行動食の豆大福を1個。胃の中で甘みが瞬時にエネルギーに変換されるような感じがします。あちこちに舞っていたコミスジの1頭が、私のズボンの汗を吸いに来ました(トマトの次の写真)。蝶の嗅覚を刺激するほど汗をかいたのでしょう。
海沢園地では、蝶やトンボを追いかけて、つい長居をしました。沢には苔生した岩がゴロゴロしていて、岩石園のようになっています。道標は、「海沢の四滝」と書かれたものと、「海沢三滝方面」と書かれたものとがあります。海沢園地の大きな案内板、「海沢周辺図」には、三つの滝しか示されていません。帰宅後に「海沢の四滝」を検索すると、大滝の上流に「不動滝」というものがあることが分りました。これは次回のお楽しみです。
海沢園地からわずか5分ほどで、三ツ釜の滝に至りました。三段の滝です。下に立つと最下段の釜しか見えませんが、滝の横の鉄階段を昇ると、三つの釜を同時に見ることができました。中段の釜の流出口、いかにも危険そうな位置に咲くイワタバコ。滝の飛沫が霧となって、その葉を濡らしています。霧はそのまま冷気となって、熱した体を冷ましてくれます。いい気持ち。来てよかった。極楽、極楽です。
三ツ釜の滝から左岸の道を少し登り、分岐を左に下りると、ねじれの滝でした。二段が見えます。上段の滝が左へ落ち、下段の滝が右に落ちています。木漏れ日が射すとき、よく見ると滝の霧にかすかな虹がかかります。あまりにも淡い虹で、写真にはできませんでした。釜の水で存分に顔と手を洗い、帽子に水を含ませて被りました。
滝を離れて登山道に戻ると、たちまち暑気に包まれました。大滝に引かれて登って行きますが、大岳山に登る意欲は、この時点で消滅です。「大岳山(悪路)」と書かれた道標で左折し、沢に下りて行くと大滝が見えてきました。周辺の雰囲気も好さそうです。滝をよく眺められる岩に腰を下ろし、昼食タイムにしました。大岳山をあきらめたので、時間のゆとりもできました。もう一度顔と手を洗います。水の冷たさ、心地よさは、三滝とも同じでした。
大滝から海沢園地に戻ると、正午になりました。そして炎暑の海沢林道を歩いて大楢峠に向かいます。背中が火で炙られるように熱くなったので、リュックを片掛けにしました。少しくらい風が吹いてくれたらいいのに、完全無風。でもここが我慢のしどころだと思いながら、がんばって歩きます。この約40分間の林道歩行が、この日、最も厳しいものでした。大楢峠に到着すると、うれしや天然のエアコンが効いていて、ほっと息をつくことができました。
大楢峠から真北に続く、痩せた尾根に入ります。東風とも西風ともいえないそよ風が流れ、ウソのように快適です。東面のヒノキ林と西面のスギ林が尾根上まで覆っているので、眺望はありません。その代わり、とは言えませんが、キノコがたくさん生えていました。笠の直径が15cmはあろうかという大物も見られます。ただ大部分のキノコは、私の乏しい知識から見ても、食べられそうにはありません。だからこんなにたくさんあるのでしょう。
上坂(あがっさか)方面への道を左に分け、尾根を直進します。少し下って、小楢峠。ひたすら尾根道を北上してゆくと、セミが次々に飛び出してきました。発声器官を持たない、メスのヒグラシのようです。オスたちは高い木の上で休んでいるのでしょう。とても静かな山です。最後に少しだけ急登があり、鳩ノ巣城山の頂上に至りました。
さて、鳩ノ巣城山ですが、これといって見るものはなさそうです。せめて少しでも展望があり、普通の山頂標が立てば、報われるのですが。隣の尾根の大塚山は、数年前まではただの通過点のような山頂だったのが、明るい魅力的な山頂に変貌しました。鳩ノ巣城山は、駅から歩いて登れる好位置にありながら、不遇に甘んじています。何か理由があるのかも知れません。
鳩ノ巣城山からの下りは、ジグザグの少ない急傾斜で始まりました、転倒しないように慎重に下ります。午後1時45分頃、ヘリコプターの爆音が響いてきました。見上げると、赤と白の救助ヘリです。御岳山か日の出山あたりで熱中症になった人でもいるのでしょうか。万一鳩ノ巣城山の中で歩けなくなったら、ヘリでは見つけてもらえないでしょう。携帯の電波は届かないし、通行人もいつ来るか分りません。電車を1本か2本逃しても、安全な行動が求められます。
尾根上には、朽ち果てた白い道標が、あちこちに捨てられたままになっていました。かつては登山道として整備されていたのでしょう。その終点は、雲仙橋のすぐ近くの小さな石段でした。次の電車までは時間がたっぷりとあります。吊橋の上から、多摩川の河原で遊ぶ人々を眺めました。少し上流にある数馬峡の険しい風景とは、対照的にのどかです。きょうは登山者に出会いませんでした。次は、イワウチワの咲く頃に登るといいかも知れません。
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