多彩な丹沢の山々にあって、二ノ塔を目的地として登る人はほとんどいないと思われます。しかし、二ノ塔尾根の眺望は、富士山と南アルプスはもとより、表丹沢の各派生尾根を美しく望めるなど、特筆に値するものがあります。
二ノ塔には、地図にない登山路があり、これを利用して「日本武尊の足跡」と伝えられる、神話のスポットを訪ねることもできます。
神奈中バス: 秦野駅 → ヤビツ峠 神奈中バス: 秦野駅 ← 菩提原
地理院地図: 二ノ塔
二ノ塔の天気: 秦野市 , ヤビツ峠
表丹沢の二ノ塔に行って来ました。前座に岳ノ台を加え、パラグライダーの発進台に立ってみました。菩提峠からは表尾根縦走路とは別のルートを登り「日本武尊の足跡」を訪ねました。二ノ塔尾根のパノラマは陶酔するほどのすばらしさ。そして二ノ塔から三ノ塔まで足を延ばし、お地蔵様の目線で表尾根を眺めました。もちろん富士山は山頂から裾野まで全部見えました。
わが家の窓から、富士山が見えます。ただし、丹沢に隠されて、見えるのは頭の先だけです。今年も晴天の日が多くなり、窓から富士山と丹沢をすっきり、きれいに望める日が増えてきました。そこで手っ取り早く富士山を丸ごと見られる場所を探し、ヤビツ峠の近くの山を歩こうと思いました。ヤビツ峠行きのバスは、例年県道70号が凍結すると運行休止になります。そこで、積雪や霧氷はまだでしたが、早めに出かけることにしました。
少し変な話ですが、ヤビツ峠の男子トイレでは、20〜30cmの氷柱(つらら)が10本ほどぶら下がっていました。夜間はかなり冷えたものと思われます。私が温水を注いだら、大半が融けて落ちました。外で準備運動をいつもより念入りに行い、準備万端。バス1台に乗ってきた約30名の登山客は、一部が大山へ、大部分が富士見橋方面へ、そして私ともう一人の単独男性が岳ノ台(だけのだい)に向かいました。
登山口の石段を登って行くと、すぐに春岳山(はるたけやま)が見え、さらに少し登ると、丹沢三峰が全部望めました。ここ連日、強風や暴風が吹き荒れたせいで、空気が澄んでいるのでしょう。遠くの山が近くに見えます。でもきょうは、ほとんど無風の快晴日。霜柱の立った登山道をザクザクと音を立てて15分ほど歩いたら、体が熱くなってきました。発熱下着が汗を吸収したようです。ジャケットとセーターを脱いで、秋山の出で立ちになりました。
小ピーク上の東屋を通過し、狭い山路を下りきると、右折を示す道標がありました。ここから緩やかな登りに転じます。この鞍部が旧ヤビツ峠らしいのですが、特に峠名を示す標識の類はありません。草原状の明るい道になりました。左手の斜面に植樹区画があり、振り返ると海を望めます。進行方向右手には、神奈川県随一の霊峰、大山が端正な姿で鎮座しています。ハイキング気分が高揚し、二人以上だったら、「♪丘を越え行こうよ、口笛吹きつつ」と口ずさんでもいいと思いました。
ほどなく岳ノ台に到着。展望台に上ります。まず目に付くのは富士山ですが、行く手の二ノ塔もどっしりと、なかなか立派な姿です。その山腹には表尾根縦走路も見えます。ところで二ノ塔は、表尾根では一通過点の扱いに甘んじているのが普通です。ヤビツ峠からの最短路、富士見橋経由の県道を歩くと、二ノ塔の山容をよく望める場所がないので、無理もありません。岳ノ台の展望台からは、丹沢山と主脈の一部のほか、丹沢三峰、大山などもきれいに望めました。
岳ノ台を西に下ります。鞍部に「菩提風神社」の祠があるので、立ち寄ってみました。今はどうということもない石の祠ですが、昔の人はここで何を祈願したのでしょうか。引き続き丘を上って行くと、広い造成地を見下ろすようになり、生コンミキサー車と黄色い容器が見えました。ハイキングコースは、このすり鉢状の造成地を、左からお鉢巡りみたいに巻いて行きます。そして南方に空間が開け、パラグライダーの発進台にやってきました。木製の助走路が2本あり、遠く招くように、半身を隠した富士山が望めます。
発進台は、正しくは何と呼ぶのでしょうか。銀河鉄道999の線路のように、先端が下にカーブしながら切れています。私は先端近くまで行って、下を覗き込んでみましたが、下がよく見えるようになる前に怖くなりました。目の前に何一つ障害物のない、広大な空間です。ここでパラグライダーが離陸するのを、見てみたいと思いました。私は、空港でジェット旅客機が離陸するのを見るのだって好きなのです。大気のつくる浮力に身を任せて空間に飛び出す瞬間、その姿に感動するに違いありません。
そのとき、大きなエンジン音を立てて、ヘリコプターが飛来しました。空中でニアミスしないよう、取り決めがなされているのでしょうか、パラグライダーはこの後も飛びませんでした。ヘリは、コンクリートミキサー車のいる広場に着陸しました。このヘリは、これから塔ノ岳山頂へ資材と生コンを運ぶのですが、この時点ではまだ知りませんでした。
菩提峠に下りてきました。ここから二ノ塔への登りが始まります。登山路を探すまでもなく、「日本武尊足跡」と書かれた標柱が立っていました。その先に、はっきりした山道が見えます。私はリュックを下ろし、軽く腹ごしらえをしました。この道が伝説の神域への表参道です。再びリュックを背負うと、ヘリのエンジン音が大きくなりました。離陸しようとしています。ヘリが大きな資材を軽々と吊り上げた瞬間、小さな感動を覚えました。
さてこの登山道ですが、結論を先に言うと、最初から最後まで明瞭でした。道標はありません。部分的に急傾斜があって、両手も使いましたが、特に危険というほどではありませんでした。大部分が檜の林なので、夏場の直射日光の強い日は、表尾根縦走路よりも涼しいのではないかと思います。その分、展望はわずかしかありません。でも南面に海と平野とを望めるポイントがありました。この日はヘリがひっきりなしに運搬飛行をしていましたが、それがなければ静かだったことでしょう。
菩提峠から40分ほど登ると、また「日本武尊足跡」と書かれた標柱がありました。右手に鳥居があり、「奮跡の杜」と書かれています。鳥居をくぐると露岩がいくつかあり、その一つに足跡サイズの窪みがありました。ただし、片足分だけです。傍らに小さな石柱が立ち、藁縄の鉢巻がしてあるのが目印になります。またパラフィンテープ(?)の注連縄(しめなわ)の奥に、石積みの質素な祠があり、赤い衣を纏った日本武尊(やまとたける)の絵が納められていました。
登山路に戻ります。少し登ると明るい中・低木の林になりました。「日本武尊足跡」から5分ほどで、難なく二ノ塔尾根に立ちます。その瞬間、空間が切り替わり、雄大なパノラマが出現しました。白い冠雪の富士山を背景に、表丹沢南面の主要な尾根がずらり、列を成し、脈を打って南面の平野へと落ちて行きます。菩提峠からここまで展望が乏しかっただけに、この空間の出現は劇的でした。南面には黄金のように輝く相模の海。シルエットの伊豆半島と伊豆大島。富士山の右奥には南アルプス。
大いに気分をよくして、二ノ塔に向かいました。行く手の二ノ塔と三ノ塔が双子山のように見えます。どちらがお兄さんで、どちらが弟でしょうか。二ノ塔が近いので大きく写りますが、三ノ塔の方が背が高いのです。二ノ塔山頂の3分前、三ノ塔がとても優美に見える場所がありました。両者は兄弟なのか姉妹なのか分かりません。
二ノ塔山頂に到着したのは、正午近く。同じバスに乗ってきた人たちの姿は、全くありませんでした。ベンチで昼食にします。私の冬の定番は菓子パンと熱い紅茶です。残念ながら、地面はかなりぬかるんでいました。このぬかるみは、表丹沢のめい物で、冬の登山者を悩ませます。地面が霜柱と人間によって、田んぼのように耕され続けるのです。明け方に霜柱が土を下から持ち上げ、陽の当たる時間帯になると、人間の足が代掻きをします。厳冬期にはアイゼンも使われます。
さて、ここまで来たからには、三ノ塔とお地蔵様を表敬訪問せねばなりません。半分食べた昼食を一旦片付け、三ノ塔に向かいました。縦走路に踏み込むと、ぬかるみが待ち受けています。そして自分もそのぬかるみをいっそう深くするのです。これが嫌なら、霜が解けない早朝に登って、すぐに下りてしまうしかありません。今は正午過ぎ。階段がある箇所では、できるだけ土止めの丸木の上を踏んで歩くようにしました。
三ノ塔の先客は一人だけでした。この山頂の眺望は定評があります。すぐにお地蔵様に行きました。そこは烏尾山から塔ノ岳に至る表尾根を見渡す展望地です。お地蔵様は、この春に来た時とは違う色のニットを着ていました。表尾根を行き交う人々をずっと見守っています。陽の当たる左肩に触れさせていただくと、暖まっていました。防寒着の内側はどうでしょうか。でも私の手の方が冷たかったので、失礼なことは差し控えました。ヘリが塔ノ岳の山頂でホバリングして、また菩提峠へと戻って行きました。
二ノ塔に戻ると、菩提と葛葉の泉を指す古びた道標に従い、二ノ塔尾根に入りました。来た時に見た絶景を、もう一度楽しみます。振り返りつつ眺めるのと、進行方向に常に見えるのとでは、気分も異なります。今までこの尾根を歩かなかったのが、もったいなかったと思いました。ただ道はぬかるんで、足を滑らせそうでした。やがて樹林帯に入ると、眺望はなくなり、荒れた登山道を下るようになりました。登山道のわきに、いくつもの踏み後があることから見て、かなりの人が荒れた登山道を避けて歩いているようです。
表丹沢林道を過ぎたあたりから、足の先が痛み始めました。登山靴は昨年に調整したのですが、この9ヶ月間ずっと、トレッキングシューズばかり愛用して、登山靴を履かなかったので、また足に合わなくなったようです。葛葉の泉の手前で舗装された林道に下り立ってから、足を一歩踏み出すごとに焼けるような痛みを感じました。まるでアンデルセンの人魚姫です。葛葉の泉で美味しい天然水を飲んで、しばらく休みました。
菩提を目指して、南へゆっくりと下って行くと、茶畑の向こうに青い海が見えました。この辺りは海抜が高そうです。葛葉川沿いの道に出ると、北に岳ノ台、二ノ塔尾根、三ノ塔尾根を望めました。美しい風景です。そこを自分が歩いてきたから、ばかりではありません。何度も振り返っては、何度もカメラに収めました。葛葉川は橋を渡って左岸の道を歩くと、車がめったに通らないので歩き易いようです。葛葉の泉から1時間近くも我慢の歩行をし、ようやく菩提原バス停に到着。すぐにやって来たバスの乗り心地は最高でした。
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