岩茸石山は、高水三山の一峰です。八桑登山口から最短路で登ることができ、奥多摩の広大な展望を手軽に得られます。
西東京バス: 川井駅 → 八桑
地理院地図: 岩茸石山
岩茸石山の天気: 奥多摩町 , 青梅市 , 川井駅 , 軍畑駅 , 岩茸石山
レポ: 新緑の高水三山 , 残雪の高水三山
4月11日、岩茸石山に登り、アカヤシオとカタクリを見てきました。「リアルタイム奥多摩」4月7日の記事を見て思いつき、花の盛りを狙って行ったものです。実は先週半ば、不覚にも無理な姿勢で体を動かしたことから腰を痛め、一昨日ようやく痛みが取れたばかり。そこで楽チンなプランを考え、八桑登山口から名坂峠を経て登頂しました。そろり、そろりと歩いては、道草を食ってはの、特別鈍行登山をレポします。
きょうは歩く行程が短く、花を見ることが主目的なので、遅めに出発しました。青梅線川井駅に着くと、無人の小さな駅舎を出て、急ぎ足で青梅街道に下ります。奥多摩大橋の信号を越え、バス停に向かったのは、一般の人と私との2名だけでした。昨年3月のダイヤ改正により、平日の清東橋行きは一日9便に増え、上日向止まりは今乗ろうとしている、9時58分発の1便だけです。清東橋行きが午後に7便あることで、この方面への下山が便利になりました。
川井駅から終点まで自由乗降区間ですが、八桑登山口はバス停の正面です。乗って来たバスを見送り、登山口に行くと、古風な石の道標がありました。「右ハちヽぶへ 左ハ山へ」と彫られています。岩茸石山へは右ですが、昔の人は名坂峠を越えて、秩父地方へ行き来していたのでしょう。やや急な坂道をゆっくりと登って行くと、桃、白、黄、緑に彩られた集落を望めました。満開のソメイヨシノがあったので、その小枝を揺さぶってみましたが、花は散りませんでした。
農作業をしていた年配の男性とあいさつを交わすと、「道が湿っているから気を付けて」と言われました。高水三山を巡る人が八桑から登ることは、まずないと思います。今の時代にここを登る人は、どこを目指すのでしょうか? きょうの私は、岩茸石山だけに登頂する計画です。道が農道から林道らしくなると、すみれ類がたくさん咲いていました。ほとんどはナガバノスミレサイシンかタチツボスミレですが、すみれに詳しい人なら多種のすみれを見つけるでしょう。
林道が大きく右に曲がるところで、真っ直ぐ山道に入ります。沢沿いの緩やかな道を登って行くと、ミソサザイが先導してくれました。右から飛び出てきたり、左から出てきたり、可愛らしい小鳥なのに神出鬼没です。神様が思いっきり愛くるしい小鳥を創ろうと、デッサンを練っているうちに、ミソサザイの姿が出て来たのでは、と思うことがあります。では、熊はどうでしょうか。大きな力の持ち主には、特別に慎重な心を与えてやらねばなりません。
八桑から正味1時間かけて、名坂峠に到着しました。山頂へは、直行すれば10分弱の距離です。でもここからは「山草の道」という愛称で呼ばれる道。私には「道草の道」になりそうです。山頂に向かうと、さっそくカタクリが咲いていました。「こんにちは、カタクリさん。春ですね。」そして山の肩を左に曲がって行くと、後ろから声なき声に呼び止められました。振り向くと、ピンクのツツジがあります! 見晴らしのよさそうな場所に、アカヤシオが咲いていました。
行ってみると、そこは断崖の上。咲いている木は1本だけのようで、花数も多いとは言えません。でも労せずにアカヤシオと出会えました。腰を下ろして、しばし花見の時間とします。5分ほど見ていたら、何と、曇り空が晴れて、花が輝きを増してきました。初々しい乙女の頬のような彩色、世俗から遠く、好んで岩と石の山に咲くアカヤシオ。こんな人に気づかれにくい場所に咲いていることで、いっそう気高く感じられます。
さて、心を満たされて、もう目の前の山頂に向かいます。すると北斜面にカタクリの群落が見られました。分布はまばらですが、自生範囲はかなり広そうです。観察路のようなものはないので、下りて行って撮影することはできません。敢えて下りて行けば、群生地を荒らしてしまうでしょう。なぜか、カタクリは皆、谷側を向いて咲いています。登山道に近い花に、ようやく腕を伸ばして撮影するも一苦労。ここでは大きな一眼レフより、軽いコンデジかスマホが有利です。
山頂に立つと、冷たい北風がビュービューと吹いていました。「ううっ、何だこの寒さは!」でもこの岩茸石山の山頂には、特筆に値する眺望があります。大きな川苔山、その左に本仁田山、右に有馬山稜、そして棒ノ折山を擁する都県境尾根の山なみ。西方はるかに、雲取山も望めます。富士山の美しい姿は、富士山頂からではなく、他の山からよく望めるように、岩茸石山は奥多摩の展望台なのです。
山頂の先客たちは、北風を避けて南斜面に座り、昼食を楽しんでいました。ミツバツツジが咲き始めていて、つつましく花見もできそうです。来週か再来週になれば、目の覚めるような赤紫色の花が咲きそろうでしょう。間もなく正午。私も風の来ない場所に座りました。きょうは冷たいカルピスを持ってきたのですが、温かい紅茶にすればよかった! やって来たヒオドシチョウの翅は、蝶の一生を物語るかのようにボロボロになっていました。
正午きっかりに山頂を辞しました。高水山常福院に向かいます。急坂を下った先、水平の尾根道でも北風が吹きすさび、デジカメを持つ手がかじかむほどでした。カメラは電池の性能が落ちないように、ベストの懐に入れます。途中に立っていた、0.1分咲き程度のヤマザクラが、つぼみをしっかり閉じているように見えました。そして高水山頂への登りに差しかかるところで、左に巻き道が分岐します。明るく、暖かそうな巻き道は、きょうの私に打ってつけだと思いました。
その北面の巻き道は、谷側の針葉樹林が北風を防ぎ、山側の落葉樹が太陽光をよく通し、穏やかな散歩道になっていました。北面とは言っても、太陽の高くなったこの季節、日当たりは十分にあります。落ち葉の斜面にすみれ類の多いこと、登山道を逸れて歩けば、必ず幾株かのすみれを踏みつけるでしょう。白いミヤマカタバミの花も、かなりたくさん見られました。そして、常福院本堂裏にそびえ立つ大杉が見えてくると、巻き道も終わりです。
常福院の境内では、ミツバツツジが花盛り。まぶしい赤紫色が溢れそうです。本堂の狛犬は、春が来たからではありませんが、何とも幸せそうな顔。鐘楼に行くと貼紙があり、「静かな自然、静かな一日の為に、鐘をつかないで下さい。どうしてもつきたい方は願がいをこめて一度だけ」と書かれています。私は鐘楼の先の山道を少し登り、大岳山と御岳山を見つめました。朝に夕に、静まり返った高水山で撞く鐘の音が、谷を渡って向こうの山に届くでしょうか。
常福院の正門から下山します。手すりのある石段を下りきると道標があり、左は成木バス停、右は軍畑駅となっています。2014年4月に、都バス[上成木-河辺駅北口]線が廃止されて以来、成木方面に下山してからのバス便は、ほとんど利用できないものになりました。道標を見て、安易に下山予定地を変更してはいけません。また、なちゃぎり林道を歩いて永栗ノ峰に行くには、軍畑方面に7分ほど歩くと立っている道標を見て、「林道を経...」と書かれた方向に進みます。
大きな伐採地を過ぎたあたりで、褐色のヘビが私に気づいて逃げて行きました。逃げた後には、それより少し小さなヤマカガシ(毒蛇)がいました。2匹はここで対峙していたのかもしれません。もしそうなら、助かったのはおそらくヤマカガシでしょう。これもまた逃げて行きました。私も逃げます。そして平溝登山口の坂道に来ると、沢を隔てた斜面でガサガサと物音がしました。見ると、ニホンカモシカです。立ち止まって数秒間私と顔を見合わせ、去って行きました。
平溝の里も春爛漫でした。高源寺のソメイヨシノ、平溝川のせせらぎ、水辺の若草、慶徳寺周辺の花模様など、各所で思う存分に道草を食って、軍畑駅にゴールインしました。次の青梅行き電車まで17分。よし、東光寺の枝垂桜を見に行きます。駅から片道5分ほどでしょう。萱葺き屋根の家を左から巻き、歩行者専用の踏切を渡って石段を上ります。簡素な門をくぐると、六地蔵の向こうの奥まった場所に、山を背にした東光寺と枝垂桜とが静かに佇んでいました。
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