宮ヶ瀬尾根は、人造湖である宮ヶ瀬湖の南岸にあって、湖底から立ち上がる尾根です。525m峰以北には、登山路の痕跡が残っていますが、525m峰以南には、足場の悪いナイフリッジやザレ場などの難所が多く、一般向けの登山ルートではありません。道標もありません。
神奈中バス: 本厚木駅 → 三叉路 神奈中バス: 本厚木駅 ← 土山峠
地理院地図: 617m峰
宮ヶ瀬尾根の天気: 清川村 , 土山峠 , 宮ヶ瀬
レポ: 村道10号橋から宮ヶ瀬尾根 , 辺室山・鍋嵐
暖かく穏かな高気圧に恵まれた3月26日、宮ヶ瀬尾根を歩いて来ました。今なら、まだヤマビルは出てきません。木々の葉も繁っていないので、周囲の地形もよく見えます。計画を立てるにあたって、南から北に下るか、北から南に登るか、思案しました。前者の場合、煤ヶ谷から物見峠に登ることにすれば、朝早いバスを利用できます。でも、道標の無いルートをできるだけ安全に歩こうと思い、北から登ることにしました。
三叉路でバスを降り、県道70号をヤビツ峠方向に向かいます。歩き始めるとすぐに、キブシ、アブラチャン、フサザクラなど、早春の花による出迎えを受けました。昨秋に落葉した木々の、ことごとくに新芽が吹き始めています。宮ヶ瀬湖は青緑色の湖水を湛え、繊細なつや消しを施したガラスのように、対岸の山々を柔らかく映していました。
清川トンネルに通じる道のゲートにやって来ました。ゲートはしっかり施錠され、歩行者用の通路もありません。でもよく見ると、ゲート内の右側に踏み跡があります。そこで右から回り込んで、ゲートを難なくクリアできました。15号橋に進みます。橋の途中から行く手左側の林道を見やると、白いガードレールの付いた道が、Sの字を描きながら湖に沈んで行くのが見えました。宮ヶ瀬ダムの湛水以前に使われた道なのでしょう。橋を渡りきると、水溜りに厚さ6ミリほどの氷が張っていました。
ゴジラの尻尾と言われる部分を通過し、ハタチガ沢に架かる14号橋を渡ると、行く手に宮ヶ瀬尾根が見えてきました。見えているのは、起伏がほとんどなく、一見楽しく歩けそうな部分です。三叉路バス停から、道草を食いながら約1時間で、清川トンネルの南口にやって来ました。全長653m、照明は全くないのですが、真っ直ぐなトンネルの北と南から光が入り込み、懐中電灯がなくても何とか歩けそうです。でも念のために小型のLED灯を手に持ちました。
トンネルの中は、適度に通風があるようで、少しひんやりとしてはいましたが、普通に歩けました。玄倉林道の新青崩トンネルのように真っ暗闇ではないし、何と言っても車が通らないので、安心して歩けます。でもこんな立派なトンネルを造って、全く使わないのはもったいない。貸し倉庫として使うとか、何か活用法はないものでしょうか。
トンネルを抜けると、10メートルほど先で道は湖に切れ落ちていました。これを知らずに車が普通に走ってきたら惨事になりかねません。だからゲートが閉じているのでしょう。少し古い地形図や「山と高原地図」にはこの清川トンネルが示されていますが、現在の地理院地図には示されていません。トンネルの先、宮ヶ瀬尾根の先端を巻いて土山峠に至る道路ができ上がれば、宮ヶ瀬湖の周回道路が完成しますが、いつかそんな日が来るのでしょうか。
トンネルに向かって右側の斜面に、トンネルの上に通じるような踏み跡があったので、少し偵察してみました。もしや宮ヶ瀬尾根や宮ヶ瀬湖を一望できるビューポイントでもあったら、と思ったのですが、展望地はありませんでした。その踏み跡は尾根から逸れて、南西方向の山腹に続いて行くようでした。トンネル北口に戻ります。
トンネル北口の道標が、「県道64号線」を指している方向に進みます。それ以外に道はありません。その道は、ところどころに朽ちた階段の名残がありました。道ははっきりしているので、いきなり迷いそうなところはありません。やがて、東面と北面が開けて、宮ヶ瀬湖を望める場所にやって来ました。その向こうの南山や石老山もきれいに見通せます。ただ、こうした見晴らしの利く展望地は、宮ヶ瀬尾根においてはここと、その先の617m峰直前とにあるだけでした。
さて、一つ目の展望地を過ぎると、右折して明るい尾根に乗るようになります。したがって、逆コースで下りて来た場合は、ここで左折しなければならない訳ですが、ちょっと分かりにくそうです。下ってきた人が直進しないように、通せんぼの木や枝が置かれてはいます。ところで、この明るい尾根ですが、落ち葉が積もって、どこが元々の登山路か判らなくなっていました。落ち葉で足を滑らせないように気をつけながら、適当に登って行きました。
その後、尾根すじに設置された鹿柵に沿って登るようになりました。柵の上部には有刺鉄線が、地面とのすき間を塞ぐところは緑色の金網が張られています。おそらく、鹿以外の動物も多いのでしょう。この後も、宮ヶ瀬尾根ではこれに類する柵がしばしば見られました。柵が倒れて用を成さなくなった箇所もあるのですが、あまり修復や撤去などの管理はされていないようです。また必要な箇所には、柵を跨ぐオレンジ色の脚立が設置されていたので、通行に支障をきたすことはありませんでした。
525m峰に到着しました。宮ヶ瀬尾根には珍しく、道標が立っています。片方には「土山峠」、もう片方には「清川トンネル」と書かれていますが、通常の道標のように、進むべき道自体を指していません。はじめ、誰かが道標の柱を回したのかと思いましたが、回そうとしても回りませんでした。もしかしたら、方位盤のように、土山峠と清川トンネルの方位を示しているのでしょうか。でもそれは、道探しに役に立つ道標ではありません。
宮ヶ瀬尾根では、清川トンネル北口とここ以外に道標がありませんでした。これら二つの道標は、県道64号と70号をつなぐ山道の専用と思われます。そして、525m峰から南の能ノ爪に至る部分は、気を抜けない難路が断続するのです。もし楽しいハイキングを計画するなら、この525m峰までとするのがお奨めです。広めの山頂があり、枝越しながら眺望も楽しめます。
WEB上には、土山峠から湖岸に沿って未完工の道を歩き、525m峰や617m峰に登った記事がいくつか見られます。私もいつか歩いてみるかもしれません。ただ、豪雨の後など、自然条件によっては、湖岸歩きの難易度が急上昇するかもしれません。相当な下調べと覚悟が必要なことでしょう。もともとこの山域は、決して気軽に行ける場所ではありません。ツキノワグマの生息域でもあります。
525m峰から先では、足場が悪くなりました。やせ尾根だけならまだよいのですが、そこに樹木が立ちはだかっていると、その右か左を巻かねばなりません。鍋嵐の東稜が入門編とすれば、こちらは初級編。慎重に足場を確認しながら進めば特に問題はないのですが、気の抜けない時間が長く続きます。ただし、崩壊地や断崖に立つとか、進退窮まる場面はありませんでした。ご褒美は、525m峰から7分ほど進んだところにある、西面の眺望です。丹沢表尾根から丹沢三峰まで、雄大に望めました。
617m峰に至る直前に、再び宮ヶ瀬方面を望めました。ただ、樹木の枝が張り出して、あまりスッキリとした眺望にはなりません。そして525m峰から30分ほどで、宮ヶ瀬尾根最高峰、617m峰に到着しました。三等三角点と、「腰掛け」の木があります。これは西面の丹沢山塊を望める、格好のベンチ。さっそく腰を下ろし、昼食にしました。ところで、この木は何の木でしょうか? 樹皮にクヌギのような深い彫りがあります。人が触れる部分は樹皮が磨り減っていますが。
昼食を終えてお茶を飲んでいると、ヒオドシチョウがやって来ました。この時季に飛ぶのは越冬した蝶で、翅がボロになっています。この日、宮ヶ瀬尾根の各所でヒオドシチョウと出遭いました。縄張りを持っているからだと思いますが、同一の場所に複数の個体を見ることはありませんでした。自己顕示する習性があるみたいで、撮影は容易です。
引き続き、南に向かいます。617m峰から30分ほど進むと、標高600m以上、610m未満の小ピークがあり、赤帽白杭に「大岩ノピーク」と落書きされていました。このピークで軽く右折し、鹿柵に沿って下って行くのですが、この鹿柵のおかげで、間違って直進することを防げます。ただ鹿柵は登山者の都合を考えて設置されているわけではないので、狭い尾根では有刺鉄線に引っかからないよう、注意が必要です。
しばらく、平坦な尾根が続きます。柵が倒れている箇所で、より歩き易そうな左側(東側)に移りました。すると、赤テープの巻かれた黒い角材のような杭が立っていました。ここで南東方向に歩き易そうな尾根が分岐しています。ぼんやり歩いていると、この尾根に入り込むかもしれません。誘い込むようなテープもありました。行けば、堤川林道の終点あたりに下りられるのでしょう。他方、目指す能ノ爪へは、ひたすら南へ、南へと、藪をかき分けてでも進まねばなりません。
しばらく南進すると、それまで右側にあった柵が左に折れて、行く手を阻まれるような形になりました。しかし、柵の曲がり角にオレンジ色の脚立が置かれています。この脚立はピサの斜塔のように傾いていて、上がるのがちょっと怖かったのですが、問題なく柵の西側に越えることができました。
南に進むに連れて、右手の鍋嵐と左手の辺室山が近づいてきました。でも、葉の繁る季節には見え難いかもしれません。やがてやせ尾根は一旦終わりを告げ、気持ちのよい幅広の尾根に変わりました。鹿の糞があります。足音と鳴声も聞こえました。鹿たちにとっても気持ちのよい場所なのかもしれません。両脚をそろえて跳ねてゆく、鹿の白いお尻も何度か見えました。このあたり、新しい鹿柵が張られていますが、将来危険で厄介なゴミと化す有刺鉄線がありません。
幅広の尾根を登り詰めると、右から別の尾根を合わせました。そこから3分ほどで、能ノ爪に到着。宮ヶ瀬尾根の起点と言ってもよいピークです。ここの赤帽白杭に書かれた落書きは、「熊ノ瓜」と「熊ノ爪」。私は高校生のとき、「爪に爪なし、瓜に爪あり」と教わりました。宮ヶ瀬尾根を登りきったのは嬉しいのですが、ここは鍋嵐の東稜。ナイフリッジが再登場するので、まだしばらくは安心できません。
能ノ爪で左折して東に向かい、ロープ場を降りて、石の祠のある物見峠分岐に来ました。ここまで来ると、一安心です。南の空に聳える優しい姿の大山を、きょうはいつもより幾分懐かしい思いで眺めました。しばし腰を下ろし、お茶休憩にします。この分岐には新旧二つの道標が立っていますが、新しい方には目標地への距離が記され、旧い方には風格と味わいがあります。
これより下山するのですが、物見峠経由で煤ヶ谷に下りるルートと、辺室山経由で土山峠に下りるルートとがあります。所要時間はどちらもほぼ同じなので、辺室山経由の方を選びました。宮ヶ瀬尾根を望める場所がたくさんあるからです。実際、南から、南東から、東からと、角度を変えながら、きょう歩いた宮ヶ瀬尾根を何度も眺めました。離れて見ると、それは優しそうな稜線です。足場の悪さなどは見えません。
土山峠に下り立つと、坐禅石の傍らで早咲きの桜がきれいに咲いていました。バスはまもなくやって来ます。
Alt + < = 戻る。 Alt + > = 進む。 Internet Explorer では、最後に Enter を押してください。 了解