金峰山は、奥秩父主稜の延長上、甲斐と信濃にまたがる分水嶺です。古くから美しい水晶の産地として知られています。
天空に聳え立つ五丈岩、登山道からも仰ぎ見られる美しい山容、豊かな高山植物を備えた金峰山は、創造主の傑作の一座と言えましょう。
中央自動車道: 勝沼IC → 大弛峠
大弛峠通行規制情報
地理院地図: 金峰山
金峰山の天気: 金峰山 , 山梨県甲府市 , 長野県川上村
山の友が金峰山に家族登山をする計画を立てたのですが、嬉しいことに私も誘ってくれました。大弛峠(おおだるみとうげ)から往復4時間半のコースです。山頂で激しい雷雨に見舞われましたが、五丈岩の庇護下で天候の回復を待ち、無事に下山することができました。
8月6日(土)、早朝に友人宅から出発。友人の運転で中央道、勝沼ICを経て、長い川上牧丘林道をひたすら上って行きます。道路わきに目立つ紫色の花はホタルブクロ。たくさん咲いていました。琴川ダムを左に見て、さらに高く上って行くと、左手に富士山と南アルプスが見えてきました。くっきりと真夏の山肌を見せていますが、これを金峰山頂から眺めたいものです。九十九折の林道をなおも上って行くと、やがて行く手の大空に金峰山と五丈岩、朝日岳の颯爽たる雄姿が出現。心が躍ります。目指す大弛峠(2360m)はまだまだ先です。
午前8時5分、大弛峠に着いたら駐車場はすでに満杯。長野県川上村側の未舗装の林道を少し下って、道路わきに駐車しました。ここ大弛峠は、車両の通行できる峠としては、日本で最も標高が高いそうです。金峰山との標高差は、わずか239mしかありません。よくこの高さまで立派な林道を造ったものです。
8時18分、金峰山への道標を見ながら登山開始。まずその手前に立つ朝日岳(2579m)を目指し、やや急な坂を登って行きます。あたりはシラビソやトウヒなどが密生した針葉樹林帯。暗いのは、折からの濃い霧が立ち込めているせいもあります。柔らかそうな緑の苔に覆われた地表は、水をたっぷり含み、万物の生命を育んでいます。ここに降った雨は、長い時間を掛けて下って行き、一部が太平洋に、一部が日本海に注ぎます。
大弛峠と朝日岳の中間地点に位置する朝日峠で小休止。ここは、峠というより鞍部と言う方がしっくりするような場所です。でも朝日峠は、きっと歴史を持つ名称なのでしょう。中央が小さな広場のようになっていて、その中心に小石がたくさん積まれて小山になっています。
朝日岳の少し手前、「大ナギ」と呼ばれる見晴らしの良い場所にやって来ました。緑色の苔の生(む)した岩石が露出し、腰を下ろして休むのに絶好です。シャクナゲのうすいピンク色の花が、わずかながら咲き残っていました。東方には奥秩父主稜が望めるはずなのですが、残念にも雲に隠されています。辛うじて見えるのは、なだらかな山頂を持つ北奥千丈岳(2601m)、そのすぐ左奥に見える端正なピークが国師ヶ岳(2592m)でしょう。
朝日岳山頂の西側からは、ガスの切れ目、切れ目に金峰山が望めました。その左に鉄山(くろがねやま)がありますが、これは北面を巻いて行きます。あの五丈岩が、もう眼と鼻の先です。
バイケイソウの緑色の花を見ながら、鞍部まで少し下り、また登って行くと、雨が降ってきました。樹木の枝が雨を受け止めてくれるので、雨具を取り出すほどではありません。もう一度緩やかに下って登り返すと、鉄山を巻く道が右に分岐する地点に至りました。鉄山へは直進ですが、木で通せんぼをしてあります。鉄山と書かれた道標は倒れていました。
この鉄山の巻き道には、シャクナゲの花がかなり咲き残っていました。赤くて可愛いぼんぼりのようなつぼみもいくつか見られます。雨に濡れた赤茶色の石を踏みながら、なだらかな道を楽々と登って行きました。やがて、樹木の背が低くなり、森林限界の近いことが分かります。幸い雨も止みました。
森林を抜けると、広々とした尾根に出ました。晴れていれば360度、雄大な展望が期待できる場所です。そうであれば、素晴らしい庭園になるはずですが、きょうは濃い霧で眺望は全くありません。ここで強い風が吹いていれば、荒涼とした「賽の河原」そのものでしょう。幸いこの日はほとんど無風でした。
ここからはアルペン的な尾根をゆるやかに山頂へと向かいます。やがて大きな岩を渡り歩くようになり、足を滑らせないように気を付けます。ひと際大きな岩を巻くと、金峰山の山頂標が立っていました。眺望はないので、記念撮影だけして、すぐに五丈岩に向かいます。
五丈岩は、あたかも誰かが岩を積み上げて造ったようにも見えます。おそらく高い山が長い時間を経て削られて行くうちに、この場所に造形された奇跡なのでしょう。
五丈岩の下の広場で昼食にしました。友人が真新しいガスコンロで湯を沸かし始めます。4人分の温かい味噌汁を作ってくれました。これは胃の内側から疲れた体を回復してくれます。その奥様のリュックからは、おにぎり、ネーブルオレンジ、ゆで卵などが次々と出てきます。私たちに興味を持ったのか、アキアカネも飛んできました。ヒオドシチョウも岩から岩へと遊んでいます。
五条岩の周辺で花を探して写真を撮っていたら、ガスがさらに濃くなって、肌が濡れるような感じになってきました。急いでリュックを置いた場所に戻ります。あっという間に本格的な雨になりました。雨具を取り出す間もなく雨が勢いを増してきたので、とりあえず皆で五丈岩の下の窪みに飛び込みました。雨具を着ようとしていたら、次々と人々が飛び込んできて、狭い窪みの中は身動きが取れなくなりました。
雨はどんどん激しさを増します。私は傘を岩の入口に向けて雨を防ぎます。五丈岩の下の、この小さなスペースに十名ほど入ったでしょうか。いやでも何でも肩を寄せ合い、低い天井の下で体を屈めて雨が止むのを待ちます。そのとき空に閃光が走り、ガガーン!と大きな雷鳴が、爆発音のように響き渡りました。ひゃあ、と悲鳴を上げる人もいます。続いてもう一発見舞われました。
そのうち岩の隙間を流れてきた雨が、ぼちょぼちょと体にかかるようになりました。雨具を着ることができないので、とても冷たく感じます。すぐに全身に雨水が沁みこみ、真冬のように寒くなってきました。低体温症が心配ですが、雨具も新聞紙もタオルも取り出せません。岩の外に出られるようになるまで、歯を食いしばって寒さに耐えます。ありがたくも、五丈岩が風を防いでくれています。私たちの体を冷やした雨は、日本海に行くのでしょうか、それとも太平洋に?
これが高山におけるありのままの日常なのです。山のご機嫌が良いときだけに登っていては、山が分かりません。ただ、狭い洞窟内で身動きができなくなる事態は考えたことがありませんでした。このまま日が暮れて真っ暗になったらどうしようと、一抹の不安が頭をかすめます。天候がどうであれ、体に力が残っているうちに、金峰山小屋に駆け込まねばなりません。
嬉しいことに、雨足が少し穏かになってきました。止むかもしれないな、と思っているうちに、本当に雨は止んでしまいました。私は今ぞとばかりに五丈岩の外に出て、我慢していた小キジを打ちに潅木の中に入って行きました。そこからは、五丈岩から大日岩に続く稜線が眼下にはっきりと望めました。カメラを構えると、その一瞬、今まで隠されていた瑞牆山が顕現したではありませんか。シャッターを切るとたちまち濃霧の中に消えてしまいました。
五丈岩で雨宿りしていた人々も次々に出てきました。顔に疲労の色が浮かんでいる人も見られますが、極端に体力を失った人はいないようです。リュックの中の新聞紙の出番も考えていましたが、必要ありませんでした。岩の下で震えていたのは15分か20分程度でしょう。もちろん、それはとても長い時間でした。
再び雷雨が来ないうちに下山しようと、お世話になった五丈岩に別れの挨拶をします。雨具をしっかりと着て、気合を入れて思い出の場所を後にしました。金峰山頂、賽の河原、朝日岳と、来た道をそのまま下って大弛峠に戻ります。途中、幾度となく雨が降りましたが、五丈岩での雨に比べたら、優しい雨でしかありませんでした。今回の山行では、当たり前のことですが、どんな場合でも決して山を甘く見てはならないことを、全身の皮膚で再学習しました。
帰路、勝沼のぶどうの丘で「天空の湯」に浸かり、冷えた体を温め直しました。次は北奥千丈岳から甲武信ヶ岳にかけて縦走したいなあ、ウールの下着も新調しなくっちゃなあ、などと夢想しつつ、満たされた平安な心で帰宅しました。
追記:私は高校一年生の八月、県のスポーツ大会で、富士見平に幕営して瑞牆山と金峰山とに登りました。その時は大集団で登ったので、花や虫や岩肌を見る関心もゆとりもほとんどありませんでした。下山後、何の感慨も残らず、空しさを覚えたものです。山は気の合った4、5名で登るのが最も好きです。
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