川苔山は奥多摩駅から近いこと、登山ルートが多いこと、渓谷美と山頂付近の眺望に恵まれていることなどで、多くの人々を惹きつけています。
真名井北稜は、登山者用の道標はありませんが、送電線巡視路がよく整備されています。季節を選べば、アカヤシオ、シロヤシオ、ミツバツツジ、スミレ類など、花を愛でながら、静かな尾根歩きが楽しめるでしょう。
西東京バス: 川井駅 → 上日向 西東京バス: 奥多摩駅 ← 川乗橋
地理院地図: 川苔山
川苔山の天気: 東京都奥多摩町 , 川井駅 , 川乗橋
5月5日、ゴールデンウィークの終盤になって、ようやく晴天の登山日和になりました。アカヤシオには遅すぎ、シロヤシオには早過ぎるのですが、じっとしていられず、奥多摩の川苔山に行ってきました。多くのハイカーで賑わうことが予想されたので、静けさを求めて、真名井北稜から登りました。
JR川井駅から、上日向(かみひなた)行きのバスに乗り、終点で下車。そのままバスの進行方向に3分ほど歩くと、左側に幅広の「真名井橋」が見えてきました。同時にバスを降りた人々は真っ直ぐ清東橋の方向に歩いて行きますが、私だけが真名井橋を渡ります。もう一人、単独男性が橋の手前で立ち止まって、しばらく地図を見ていました。橋を渡りきると林道真名井線です。ここにいた二人の方から「お早うございます!」と声を掛けられました。私も元気よく挨拶を返します。これより先、山頂まで誰にも会わないかもしれません。
真名井橋から真名井沢に沿った林道を4分ほど歩くと、右手に送電線巡視路の入口がありました。黄色い標柱が立っていて、「新秩父線No.38に至る」と書かれています。ここで準備運動とストレッチを念入りに行いました。橋の手前で立っていた単独男性は、少し遅れてやって来ましたが、地図を見ながらこの位置を確認すると、スタスタと登って行きました。この日も私は頻繁に道草を食い、これ以後この人を目にすることは、ありませんでした。この真名井北稜には、花、樹木、蝶など、魅力ある被写体がいっぱいだったのです。
この送電線巡視路は、きつい登りで始まりました。林道がみるみる下に下がって行きます。ゆっくりと18分ほど登ったところで、主尾根の上に立ちました。ここにも東京電力の黄色い標柱が立っています。以後、川苔山頂までほぼ西に向かって、尾根の上を忠実にたどって行くばかりです。始めに、送電線に沿って歩く部分では、道もよく整備されていました。
真名井北稜上のルートは、電子国土地図にも記されていません。ルートの入口になっている、あの大きな真名井橋も何故か示されていません。登山者の味方である道標も、赤杭(あかくな)尾根と出合うまで一切ありませんでした。でも、登山者が巻き付けたらしい赤テープと、東京電力の黄色い標柱はところどころにありました。登って行く限り、道に迷いそうな箇所も、特別に危険な箇所もありませんでした。下りの場合は、支尾根への迷い込みと、急斜面でのスリップに注意が必要かも知れません。
さて、緩やかな尾根を軽快に登って行きます。私の思い込みかもしれませんが、奥多摩の新緑は特別に美しいような気がします。美しい樹木を撮影していたら、キリがありません。5月5日の晴天だというのに、とても静かです。小鳥たちのさえずりは、近くからも遠くからもよく響いてきます。聞き耳を立てているのは、熊と不意に出くわすことを防ぐためでもあります。標高の低いところのヤマツツジは、まもなく咲きそうでしたが、ミツバツツジはすでに散ってしまっていました。
送電鉄塔40号、41号、42号と、その真下を通ります。43号からは送電線が登山路ルートから離れて行きます。42号鉄塔から5分ほどで、南斜面が大規模に伐採されている所に来ました。明るく広々として、とても気持ちのよい場所です。南に赤杭山、東に高水三山をよく望めます。足下には幾種類ものスミレが咲いていますが、何という名のスミレか分かりません。写真を撮って帰宅後に調べることもあるのですが、正確に同定するのは難しいものです。できれば現場で図鑑と照らし合わせて調べるが一番良いと思うのですが、なかなか面倒で…
伐採地を過ぎると、尾根は広くなったり狭くなったりします。痩せた部分では、大小の岩が露出しています。ミツバツツジの咲き残りが少しずつ増えてきました。五葉ツツジのつつましい新芽は、シロヤシオのものでしょうか。ちょっとした広場のような窪地に至ると、行く手の枝越しに大きな峰が見えました。真名井沢ノ頭でしょうか。その先で、大きな桜が満開でした。ヤマザクラのように、樹高20〜30mもありそうな堂々たる桜。でもマメザクラのように可愛らしい花です。
尾根上に大きな岩があるところにやって来ました。その北斜面、30mほど下方にミツバツツジの木が1本あり、花もびっしり、とても鮮やかです。木につかまりながら斜面を降りて行くと、期待どおり目の覚めるような色をした、みずみずしい花です。その向こうには、棒ノ折山が見えました。ところで、ミツバツツジの花期は、標高よりも、日当たりや個体差に依るような気がします。ともかく単独行時の私は、こうして躊躇なく道草を食うので、私のコースタイムは参考程度にしかなりません。
1168m峰の手前では、尾根の中心ではなく、斜面の踏み跡を辿るようになります。踏み跡は崩れてほとんど斜面化しているので、足を滑らせないように注意しながら登って行きます。ところどころ立ち木の助けを借りないと登れないような箇所にも行き当たるようになりました。枯れた木も結構多くあるのでよく見て握って確かめます。いよいよ草しか掴むものがない場所も少しありました。ここは「草つかみ」とでも名づけようかな、と思っているうちに、南北に伸びる痩せた尾根の上に立ちました。ここが1168m峰のようです。赤テープに、「雁掛ノ峰(かりかけのうら)」と書かれていました。
このヤセ尾根の西斜面には、アカヤシオがたくさん生えていました。花はすでに地面に落ちてしまっています。最後まで残っていた花も、5月3日と4日の雨に打たれて落ちたことでしょう。ところで、川苔山頂から下ってきた場合、この尾根を直進してしまいそうです。地図を見ると、この尾根は曲ヶ谷沢の東を北に伸びて、獅子口小屋跡から百軒茶屋に続くルートに下りられそうにも見えます。でも、歩ける道がずっとあるかどうか分かりません。1168m峰から上日向に下りる道の分岐点には赤テープがありますが、知っていなければ見落としそうです。
1168m峰から、尾根の向きが南西方向になります。相変わらず、ずっと1本道で、迷うところはありません。それから労せずして真名井沢の頭に達し、赤杭尾根と合わさりました。幅広の防火帯の尾根を、ゆったりと西に登って行きます。日当たりが良いせいか、スミレもたくさん見られました。やがて「狼住所(オオカミスンド)」と誰かが書き加えた道標の立つ十字路を通過します。振り返ると、先ほど通った真名井沢の頭越しに、西武ドームが白く光って見えました。このあたり、とてものどかな雰囲気です。
「曲ヶ谷南峰」とマーカーで手書きされた石があり、その近くには「舟井戸→」と書かれた石もありました。そこから3分ほどで、日向沢ノ峰・蕎麦粒山を右に、川苔山を左に示す道標に至りました。ここで初めて川苔山が間近に見えるようになります。登山者にもちらほら出会うようになりました。軽くなった足で、ほどなく川苔山の東の肩に達し、鳩ノ巣駅への道を左に分け、百尋ノ滝(ひゃくひろのたき) への道を右に分け、一息で山頂に到着しました。
川苔山頂は、50人ほどの人々で賑わっていました。ちょうど正午で、皆さんお昼を食べています。私は『団子より花』派なので、まず風景を楽しみます。まず目に付くのは正面の鷹ノ巣山と長大な石尾根。右にずっと高く延び上がって、雲取山。その右に回って、この川苔山に向かってくる長沢背稜。判りやすい三ツドッケ、蕎麦粒山。南には特徴ある大岳山と御前山。富士山は残念、雲に隠れて見えませんでした。その右遠方に大菩薩嶺を見て、鷹ノ巣山に戻ります。
古里駅から赤杭尾根を登ってきたという単独男性がいました。「以前に登った赤杭尾根とは、かなり変わってしまっていた」とのことです。大丹波林道から登ってきたという単独女性は、大丹波川が増水で、林道を延々と歩いて来たそうです。私がどこを登ってきたのか尋ねられたので、真名井北稜のルートを説明すると、上日向で同じバスを降りたことが分かりました。この女性は、川苔山頂から西に下りて、百尋ノ滝に向かわれました。単独男性の方は、山頂から東に向かって、百尋ノ滝に下りて行かれました。
私は昼食を終えると、バスの時刻表と時計とを見て、百尋ノ滝経由で川乗橋に下ることにしました。15時01分の奥多摩駅行きバスに乗れそうです。バスとの接続が悪ければ、鳩ノ巣駅に下りるつもりでした。温まっている筋肉が冷えないうちにと思い、山頂から東に向かって下山開始です。12時28分でした。
さて、東の肩に戻って下り始めると、小学生たちを含め、続々と登ってくる人々がいました。「あとほんの少しだよ!」と励ましてあげます。火打谷の沢に入ると、とても楽しくなりました。前日と前々日に降った雨で、沢は増水しているのでしょう。緑の谷間の白い流れ、登山道のスミレ、ハシリドコロ、ヤマエンゴサクなど、目に美しいのは言うまでもありませんが、心身ともに潤されます。きょうは真名井北稜を登った後、下りにまで尾根コースを取らなくて良かったと思いました。
山頂からちょうど1時間で、百尋の滝に着きました。予想したとおり、豊かな水量を惜しみなく落とし、さらに川苔谷に流れ落ちて行く迫力は十分です。ここで手と顔を洗いました。10分ほど休憩を取り、滝を眺めながら、行動食の豆大福をほおばります。甘みが口と胃とに沁みこみ、頭も体もシャキッとした気分になりました。
滝から少し下ったところに、小さな追悼碑がありました。真っ直ぐに生きようとした十八歳の乙女の一文が刻まれています。この人の故に、多くの人々が気を引き締めて、険しい山道を上り下りしたことでしょう。
豊富な水を湛えた川苔谷の流れは美しく、力に満ちていました。沢が自ら配置した岩や石は、鮮やかな緑の苔で覆われ、「川苔谷」という名に、なるほどと納得します。この川苔谷を擁する山が川苔山です。
百尋の滝から35分で細倉橋に到着。ここから先は舗装道路です。さらに30分歩いて、川乗橋バス停に到着しました。ここを通る日原街道は、所によっては道幅がかなり狭い上に、細長いトンネルもあります。この日は、交通整理の人がいました。バスの通る時刻が近づくと、対向車の長い列を川乗橋で止めて待たせています。
午後3時15分、十分な元気を残して、JR奥多摩駅に到着。「ホリデー快速おくたま」が待っていました。リュックを前に抱え、座席に腰を下ろします。きょうはいい日だったなあ、体は汗臭くないかな、次回は大丹波川を回って登ろうかな、などと思いを巡らしているうちに、いつしか夢見心地になって家路に就いたのでした。
真名井北稜は、簡単に登れそうな印象を与えてしまったかもしれませんが、当然ながら 25,000 分の一地図とコンパスは、必ずお持ちになってください。特に下りでは、しっかりした読図力が不可欠です。人があまり通らないので、熊にも注意しましょう。
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