笠取山は、奥秩父山域の主脈上にあり、埼玉県秩父市と山梨県甲州市とにまたがっています。登山道は、まるで遊歩道のようによく整備され、初心者でも楽に登れますが、山頂直下の急登だけは注意が必要です。
山頂の少し西にある小高い丘は、「小さな分水嶺」と呼ばれ、ここに降った雨は、荒川、富士川、多摩川に泣き別れて行きます。
中央自動車道: 勝沼IC → 国道411号 → 一ノ瀬林道 → 作場平口
地理院地図: 笠取山
笠取山の天気: 山梨県甲州市 , 一ノ瀬高原
5月12日(土)、奥秩父の笠取山に行ってきました。天候は曇り時々晴れ。山麓も山頂もほぼ無風で、穏かな登山日和となりました。
中央高速道を勝沼インターで降り、青梅街道を東京方面に向かって延々と走ります。柳沢峠を越えてしばらく坂道を下り、左手の一ノ瀬林道に入ります。狭くなった道をひたすら登り続け、7時11分、作場平口に到着しました。地図から推測すると、ここで既に標高1310mほどあります。駐車場で準備運動をし、登山口のバイオトイレを利用し、ちょっと薄暗い登山道に踏み込みます。パーティーは6名で、山のベテランもいますが、登山の初心者もいるので、ゆっくりとしたペースで歩きます。
窪地や沢に苔むした岩がたくさん見られます。案内板に依れば、これは森の豊かさの象徴で、山が荒れると土砂が流れ、苔も落ちてしまうとのことです。沢を見渡すと、確かに緑の苔がきれいに生していて、これを見る限り健康そうです。水源確保のために為されてきた努力の賜物かもしれません。1週間前に行った奥多摩の川苔谷(かわのりだに)にも美しい苔が見られました。
道はすぐに広葉樹林帯に入り、笹の中を進むようになりました。笹はていねいに刈り取られていて、快適に歩けます。実際、これ以降山頂直下に至るまで、登山路は驚くほどよく整備されていました。渡渉点には立派な木橋が架かっています。こんなに歩きやすい道は、遊歩道以外にちょっと思い出せないほどです。いつもこうであるなら、笠取山は、登山の入門用として格好の山と言えましょう。初めての登山では、まず山を好きになってもらうことが大切です。
一休坂とヤブ沢の分岐点からは、ヤブ沢経由の道を選びました。傾斜が緩やかで、登り易そうだったからです。山慣れした人なら、一休坂の方がより自然な登山道であり、多種の筋肉を使って楽しく登れたかもしれません。私たちはヤブ沢峠を目指し、悪く言えばダラダラと、良く言えば悠々と登って行きます。未だ広葉樹に緑は全く萌え出ておらず、冬枯れ、もしくは早春前の趣を呈していました。葉のない梢を通して、明るい光がいっぱいに降り注ぎ、陽気なおしゃべりの声が途切れません。初心者の方も元気そうです。
ヤブ沢峠からは、道がさらに広くなりました。軽自動車なら楽々走れそうです。こんな山もあるのだなあ、と思いながら歩いているうちに、笠取小屋が見えてきました。きれいなバイオトイレもあります。笠取小屋は閉じていました。前の広場のベンチで休憩します。南側が開け、大菩薩嶺が存在感を持って鎮座しています。空は曇っていて、あまり遠望は利きませんが、雨の心配はなさそうです。小屋の温度計は7℃を示していました。
笠取小屋から5分ほどで、明るい草原に出ます。正面に「小さな分水嶺」と呼ばれる小高い丘が見えます。今はあたり一面枯れ草色ですが、緑の草が萌え出たらさぞ美しくなるでしょう。雁峠(がんとうげ)・雁坂峠(かりさかとうげ)への道を左に分けると、4〜5分ほどでその「小さな分水嶺」に到着しました。三角錐台の石標が立っていて、三つの側面に荒川、富士川、多摩川と刻まれています。おそらく象徴的なモニュメントなのでしょうが、その傍に「小さな分水嶺」の立派な説明板が立ってはいます。
「小さな分水嶺」からの眺望は素晴しく、眼前の笠取山、その反対側に国師ヶ岳と北奥千丈岳、南に富士山が望めます。ここまで登ってきた人々は、分水嶺の標柱を前景に、いずれかの山を背景に記念撮影をしています。分水嶺で立小便のポーズをとっている人もいます。「小さな分水嶺」は、話題性では笠取山頂に勝っているようです。
「小さな分水嶺」から緩やかに草原の小丘を越えると、笠取山西と書かれた道標がありました。ここで笠取山頂を巻くようにして水干に通じる道を右に分けます。この分岐点に、大きな歯車とエンジンのついた機械の残骸が放置されていました。かなり古そうで、真っ赤に錆びています。その先、丘というほどもない小さな高みに立つと、行く手の笠取山頂西面の防火帯を辿る登山路がくっきりと見渡せるようになりました。すでに急斜面に取り付いている人たちが、点々と小さく見えます。よく見ると、ジグザグに登る道と、真っ直ぐに登る道とがあるのが分かります。
さて、頂上直下から見上げると大変な急登のように見えるのですが、標高差は125m程度です。ここまで体力を大きく消耗するような道はなかったので、パーティ全員が問題なく登れました。下の鞍部から山頂(西峰)までの所要時間は20分弱です。私はジグザグ道と直登路とを交互に歩いて見ました。直登路はやや荒れているので、足を高く上げねばならないので、足の重い人は、ジグザグ道がお奨めです。どちらの道を歩いても、落石には十分注意しなければなりません。
山頂(西峰)には、山梨百名山の山頂標が傾きながら立っていました。どれほど深く打ち込んであるのか知りませんが、まもなく倒れてしまいそうにも見えます。山頂からの眺望は素晴しく、大菩薩嶺とその南に続く山々、北奥千丈岳、古礼山、水晶山、雁坂嶺などの山々が望めました。金峰山と甲武信ヶ岳とは、目を凝らして探したのですが、確認できませんでした。
さて、眺望を楽しんだら、東峰に行きます。こちらが笠取山の最高点で、新しそうな山頂標が、がっちりと立っていました。このあたりシャクナゲにびっしり覆われています。花期には美しく彩られることでしょう。ただし、眺望は西峰の方が勝ります。
山頂よりさらに東に進み、一旦下って小さなピークを登り返すと、登山道は右にカーブし、唐松尾山への分岐に至ります。ここからは、ほぼ等高線に沿うようにして、西に進んで黒槐(くろえんじゅ)尾根への道を左に分け、水干(みずひ)にやって来ました。上の岩に水神社が祀られ、その下に、「多摩川の源頭、東京湾まで138km」と書かれた標柱があります。水干とは、川の終点の意味だそうで、ここに水はなく、案内板に依れば、60mほど下方に、多摩川の最初の流れが湧き出ているとのことです。
この日、私たちは一休坂を下る予定なので、笠取小屋を目指し、西に進みます。あの錆びた機械の置かれた笠取山西分岐に戻り、「小さな分水嶺」の南を巻いて行きました。このあたり、シカに食われた木々が多く、幹に網を巻いて保護したり、シカ柵が設置されています。それでも立ち枯れになった木がずいぶんと目立ちます。まだ生きているように見える木も、幹の周りの形成層を、ぐるり360度食べられてしまったら、生命は尽きたも同じです。
シカの食害によって森林が荒れたとか、滅びそうだという話はよく耳にします。パーティーの話題も、自ずとシカをどう減らすか、シカの肉は旨いか、とかに移ってしまいました。でも本当のところ、シカばかりが悪いとか、人間ばかりが悪いとか言えるのでしょうか?枯れ木は、人と自然の関わり方を考え直すための教材です。
雁峠への分岐で昼食にしました。「小さな分水嶺」が青空に映えています。寒い風が吹いてきたので、せっかく温まった体が冷えぬうちに立ち上がりました。
笠取小屋には車が来ていました。来るときに歩いた、あの広々とした道は車道だったのです。笠取小屋が開き、薪ストーブに火が入っていました。私たちは小屋の前を横切って、「水場2分→」と書かれた方向に下ります。
水場から少し下ると、小さな清流の底に、キラキラ金色に光る小さな粒がたくさん見られました。黄鉄鉱か黄銅鉱でしょうか。だれも採ろうとしないのですから、砂金であるはずがありません。でも、見た目にはきれいで、悪くありません。小さな夢を誘いそうです。
広葉樹林帯は、まだ芽吹き前でした。南斜面ですが、一見、冬枯れと似た梢ばかり。でもその中に、新しい生命がぎっしり詰まっているはずです。マメザクラでしょうか、赤みがかった柔らかそうな葉が、花とつぼみとともに、下向きにふんわりと、何ともつつましげです。もう春は始まっています。あと半月もすれば、山は一面萌黄色の衣を纏うことでしょう。
下りもずっと順調でした。一休坂のベンチで一休みし、午後1時半、作場平橋に帰ってきました。見るからに質素で単純構造のコンクリート橋ですが、笠取山の登山案内には必ず出てくる、少しばかり名を知られた橋です。私たちはここから中島川橋を経由して青梅街道に戻り、奥多摩の丹波山温泉に向かいました。
奥秩父よりも標高の低い奥多摩では、新緑があふれんばかりに、美しく輝いていました。笠取山の水干で始まった多摩川。ここに至るまでに、すでに多くの支流を合わせ、その流域を豊かに潤しています。
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