檜岳山稜は、ほぼ同じ標高の峰々を緩やかに連ね、眺望と山野草にも恵まれています。丹沢屈指の魅力を持ちながら、アプローチが長いためか、訪れる人はあまり多くありません。静かな山歩きと、コースの変化を好む人向きと言えるでしょう。
富士急湘南バス: 新松田駅 ⇔ 寄
地理院地図: 檜岳
檜岳山稜の天気: 松田町 . 寄バス停
レポ: シダンゴ山
5月8日(月)GWの代休に、檜岳山稜を歩いてきました。寄バス停を基点に、反時計回りの周回ルートです。寄沢沿いの登山道は、要所要所に立てられた親切な道標のおかげで、一度も道迷いの不安なく歩くことができました。林道秦野峠に下り立つまで、地図を全く見なかったほどです。全行程を通して、まぶしい新緑の光に包まれ、山の生気で気力、体力ともに充実。余力を残して寄バス停にゴールインしました。
新松田駅前から寄行きの一番バスに乗って、終点で下車。登山者は私のほかに、単独男性が一人だけ。天気はGWの終わったきょうも上々の五月晴れ。さっそく寄大橋に向かいます。中津川沿いに、ほぼ真っ直ぐに延びる県道を北へテクテク。正面に平坦な稜線を持つ山が見えますが、あれがきょう最初に登る雨山でしょう。朝日を受けた山々は、様々な緑色を織り交ぜ、所々に藤色のアクセント。これからあの美しい世界に入って行くのかと、思うだけでワクワクします。
行く手の雨山に替わって檜岳が見えてきました。その下に目をやると、木々を透かして真っ赤な鉄橋がもうすぐです。道端に咲く真っ白な花の塊は、ヒメウツギでしょうか。赤白緑青の純色が、子供の描く絵のように楽しい季節です。せっかく来たので、寄大橋の半ばまで行って見ました。見下ろす中津川の流量は多くありません。寄沢の渡渉は問題なさそうです。こうしている間に先ほどの単独男性が先行。以後、この日は寄バス停に戻るまで、誰とも出合いませんでした。
引き返してゲートを通過。管理棟で登山届けを書いて提出。掲示板を見ると、「今週の見ごろ(5月7日)」として、トウゴクサバノオ、ムササビ、ヒガラなどの名があり、楽しみです。「やどりき水源林案内図」「多彩な広葉樹林をめざして」なども、ちょっと勉強になりそう。途中でトイレに寄り、管理棟から15分ほどで、登山道の入口にやって来ました。いくつもの標識が立っています。ここは「恵水の森」、その先に「成長の森」、そしてさらに先に「雨山峠」があります。
登山道入口に、大きな注意書き看板があります。
いずれも了解した上で、ここに来ましたが、気を引き締め直します。これより先、林道秦野峠に下り立つまで、安全に下れるエスケープルートがないことも忘れてはなりません。準備運動を念入りに行い、登山道に入りました。すぐに気が付くのは、新旧の道標が多いこと。間違えて作業道や周遊歩道に入り込まないように、「雨山峠」の三文字を確認しながら進みます。第1回目の渡渉点の直前には、黄色に塗られた鉄製の新しそうな道標がありました。
この黄色い鉄製道標は、その後も渡渉点や分岐点などに、すこぶる親切なほど頻繁に現れました。良い意味で期待外れです。道標は多く、沢の水量は少なく、晴天で見通しは極めて良い。初めて来た道を、最良の条件下で歩けるのは幸いです。こんな好条件の日ばかりではないでしょう。広々とした明るい川原。眩しい日差しと心地よいそよ風。四方八方、山は緑、谷も緑。童心に帰って、じゃぶじゃぶ歩きをしたいような気にもなる、自然が優しさを見せる日和でした。
渡渉を5回すると、右岸に木製の梯子が掛けてありました。がっちりして、不安はありません。上り終えると、目にも鮮やかなヤマブキが咲いていました。木の桟橋の架かった山道を進みます。梯子から5分ほどで、釜場平と書かれた、休憩所がありました。涼し気な場所で、ベンチ兼用テーブルが二つあります。リュックを下ろして、しばし小休止。冷たい麦茶を飲みます。ここまで順調にやって来れましたが、この先はどうでしょうか。山を侮って油断してはいけません。
釜場平から10分ほどで、涸れた沢を横断しました。これがコシバ沢のようです。右岸まで行くと、「コシバ沢方面危険」「雨山峠〇← →コシバ沢(危)」と書かれた標識がありました。雨山峠を目指して、左のトラバース道に進みます。10分ほど行くと、斜面のザレ場がしばしば現れるようになりました。崩れた石積み道、ロープ場、鉄パイプ桟道、鎖場などが続きます。次の沢に下りると「雨山峠0.6km」の道標があり、いくつかの木橋が流されたままになっていました。
「雨山峠0.5km」で右岸の鉄階段を上ると、小さな乗越があり、また涸れ沢(寄沢本流?)に下ります。「雨山峠0.4km」あたりからミツバツツジの花を仰ぎ見つつ沢床を進み、「雨山峠0.3km」から狭いV字谷に道が続いていました。二俣の手前、「雨山峠0.1km」の道標がワイヤで吊るされています。これを見て左の沢に進みますが、そこは道があるような、ないような狭い沢床。増水時は難儀するでしょう。最後に、崩落した桟道に代わる鉄階段を上ると、雨山峠が見えてきました。
ようやく雨山峠に着き、ほっとしました。ここはいかにも峠らしい十字路。頼もしげな道標とベンチ兼テーブルがあります。黄色の小さな花は、ツルキンバイでしょうか。たくさん咲いています。空腹になったので、お茶とおやつにしました。胃袋からも幸福感が上がって来ます。新緑の木々を眺めると、空の青さが若い緑を引き立てていますが、まもなく緑が繁って空を埋めてしまうのでしょう。次はいつ来るか、二度と来ないか、雨山峠の一期一会。今を目に焼き付けます。
雨山に向かいましょう。短い木の梯子を上ると、長く続く尾根歩きが始まりました。赤や黄色に彩られた花壇のように見えるのは、新芽を吹き出したアセビの茂み。その近くで赤紫の明るいミツバツツジが本物の花盛り。おお、富士山が見えます。裾が消えて、あたかも白い山が魔法で空中に浮かんでいるみたい。おや、五枚葉の先にちょっぴり紅を差したゴヨウツツジ。これはシロヤシオです。花は咲き始めたばかり。残念ながら、つぼみはあまり多くありませんでした。
ここは一見メルヘン的な尾根道のようでしたが、左右が鋭く切れ落ちていました。足下をしっかり見て歩きます。気が付くと、右手に同角ノ頭の三角峰、後ろに丹沢主稜。目を凝らすと、蛭ヶ岳山荘も見えました。間もなく急登に差しかかりましたが、標高も心も同時に高揚して、足どりは軽やか。すぐに急登は終わり、尾根幅がぐんと広くなりました。ランラン稜線漫歩の始まりです。みずみずしい緑の草はトリカブト、青紫の花はフデリンドウ、白い小花はハナネコノメ?
ブナやヒノキの混交林を気持ちよく歩いて行くと、雨山の山名標柱が立っていました。どこが最高地点なのか判りにくい山です。南面が開けていますが、遠方は霞んでよく見えませんでした。この日は黄砂の予報が出ていましたが、これは水蒸気による霞でしょう。行く手には、檜岳と伊勢沢ノ頭とが双耳峰のように並んで見えます。ところで、各道標に檜岳と林道秦野峠の名は出てきますが、檜岳山稜の最高峰である「伊勢沢ノ頭」は、何故かその名が出てきません。
雨山山頂は素通りし、檜岳に向かいました。ポツポツと咲くすみれをのぞき込んだり、カエデやブナの新芽を眺めたりしながら、緩い起伏を越えて行くと、南面に大きな崩落地がありました。空気が澄んでいれば、大展望地だろうと思います。目の前の檜岳を除き、山々が霞んでいるのが残念。他方、北面は順光のおかげで、同角ノ頭、檜洞丸と石棚山稜を、まずまず明瞭に望めました。首が無いに等しいタンポポの花、仏炎苞がはためくマムシグサ。ここは風の通り道です。
檜岳へは、一旦階段状の道を下ります。鞍部にミツバツツジがありましたが、1本は満開、その隣の1本は花が完全に終わって、三つ葉が開き始めていました。実生なので個体差があるのでしょう。その先を緩やかに登り返すと、カラマツ越しに蛭ヶ岳が見えるようになり、もう檜岳の山頂でした。最高地点は、山名標柱からやや離れた三角点のさらに先かと思います。すみれに気を付けながら腰を下ろし、お茶にしました。モミジの赤い新芽、マメザクラの白い花があります。
檜岳から伊勢沢ノ頭にかけて、庭園のような美しい林相が続いていました。カラフルな葉をつけたカエデ、10本足のイカを逆さにしたようなヒメシャラ(たぶん)、庭師が設計したかのような築山とミニカール、秋の紅葉はさぞ美しいだろうと想像されます。その圧巻はカエデ並木。イタヤカエデでしょうか、葉緑素が未だ葉の先端まで行き渡らず、薄オレンジ色の縁取りがおしゃれです。北面が開けた場所では、迫力ある丹沢主稜を望めました。
ふと気が付くと、行く手の伊勢沢ノ頭の右肩に富士山の姿。カメラで美しく捉えられないのが残念です。鞍部からの登り返しで振り返ると、意外にも檜岳が大きな円丘状に見えました。さらに登ると、檜岳の頭上から塔ノ岳が生え出るように現れ出ました。最後に3分間ほど美尾根を歩くと、伊勢沢ノ頭に到着。本日の最高峰ですが、ここでも最高地点は山名標柱から少し離れています。わずかに花の残ったヤマザクラが、赤みを帯びた葉を繫らせていました。
秦野峠に下ります。好展望の尾根をぐんぐん下って行くと、箱根連山や、これから行くシダンゴ山、左手はるか大山と重なる三ノ塔などを望めました。シダンゴ山は山頂広場が草原のように見えます。見つけやすいのですが、その遠さに気が滅入りそうになりました。でも行くしかありません。「一歩一歩進めば、いつか着く」普通は登りで自分に言い聞かせる言葉を、下り道でつぶやきます。転倒しないように足下に注意しながら無心に下り、秦野峠に到着しました。小休止。
秦野峠の標柱には、標高840mとありました。残念、標高差にしてまだ半分も下っていません。一休みして沢を越え、登り返すとき、脚の筋肉がほぐれるような快感を覚えました。日影山からの道を右から合わせ、右の鹿柵(植生保護柵)に沿って進むと、左にも鹿柵が現れました。左右を有刺鉄線に挟まれた狭い道は不快そのもの。我慢して通り抜け、ようやく林道に下り立ちました。林道秦野峠と呼ばれる地点です。ここで地図を取り出し、どの道を行くか考えました。
バスの時刻を考え、少しでも時間を稼ぎたかったので、ダルマ沢ノ頭はパス。林道虫沢線を30分弱歩き、鉄階段の反対側からシダンゴ山に取り付きました。途中で女坂を分けますが、時間が惜しかったので男坂を直登。あっけなく登頂したシダンゴ山でしたが、眺望は抜群でした。360度、山頂の周囲に高い樹木のない、坊主頭ならではの特典です。きょう歩いて来た檜岳山稜が手に取るように望め、しばし感慨に浸りました。きょうはいい山歩きができました。
さて、十分に休みました。「今日の日はさようなら」と言って、シダンゴ山頂を辞します。その下り道は、ウソのように歩きやすい道でした。ひらり、ひらりと下り続け、予想外に早く寄バス停にゴールイン。暑いので、自販機で冷たい清涼飲料水を買います。時間をかけて全部飲み干すと、バスが来ました。ちょっとボディが短めで、可愛らしい感じのバスです。乗ったのはわずか4人。こうして今回もまた、無事に下山できたことを感謝しながら、家路に就きました。
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