山はいいなあ  >  中央沿線  >  権現山・三ツ森北峰

権現山・三ツ森北峰

ヒカゲツツジ

三ツ森稜線に咲くヒカゲツツジ

ここでいう権現山は、山梨県上野原市の権現山です。

三ツ森稜線では、ヒカゲツツジやベニバナヒメイワカガミが、坪山よりやや遅れて咲きます。

バス停 富士急山梨バス: 猿橋駅 → 浅川 登山口
バス停 富士急山梨バス: 猿橋駅 ← 杉平入口 登山口

地図 地理院地図: 権現山 , 三ツ森北峰

天気 権現山の天気: 上野原市 , 大月市 , 猿橋駅 , 七保町浅川 , 権現山

開花情報 ヤマレコ: 三ツ森北峰


コース & タイム 鉄道駅 猿橋駅 バス停 6:53 == 7:23 浅川バス停 7:25 --- 8:08 浅川峠 8:15 --- 9:46 権現山 10:05 --- 11:12 麻生山 11:13 --- 11:29 尾名手峠 11:29 ---(花の撮影)--- 12:12 三ツ森北峰 12:50 --- 13:05 負傷と手当 13:15 --- 14:42 登山道終点 14:42 --- 15:03 杉平入口バス停 バス停 15:08 == 15:33 猿橋駅 鉄道駅
※歩行時間には道草と写真撮影の時間が含まれています。
権現山、三ツ森北峰 ごんげんやま:標高 1312m、みつもりきたみね:標高 1240m+ 単独 2016.04.26 全 7時間38分 満足度:❀❀❀❀ ホネオレ度:❢❢

4月26日(火)、花を訪ねて権現山、麻生山、三ツ森北峰を歩いてきました。稜線のミツバツツジとヒカゲツツジは見ごたえ十分、ベニバナヒメイワカガミはつぼみばかり。ほか、多くの場所に様々なすみれが咲いていました。不覚にも、鋸尾根で転倒して足に負傷!安全のためと、バスの時刻に合わせるため、ゆっくり歩いて下山しました。

段落見出し 権現山へは最短路で

猿橋駅の北口階段を下りて行くと、オレンジ色のハナビシソウが目に飛び込んできました。午前6時半過ぎ、花はまだ眠たそうに花弁を閉じています。バス停は駅北口階段のすぐ下、梨の木の脇にありました。この木には説明板があり、ニホンヤマナシという種だそうです。残念ながら花は終わったばかりで、名残りの花弁がいくつか見られるだけでした。1週間前なら、白いきれいな花を見ることができたかと思います。

浅川行きバスには、私と中学生二人が乗りました。猿橋で彼らが降りてから、乗客は私だけ。浅川入口からは道幅の狭い箇所もありました。ここは小型のバスを使えばよいと思うのですが、この便は平日のみなので、折り返し通勤・通学客を駅に運ぶのかもしれません。バスは、春から初夏に移り行く、緑のまぶしい山里を走り抜けて行きます。ツツジや八重桜の咲く里道は「懐かし感」いっぱい。バスであっと言う間に通り過ぎてしまうのは、もったいないと思いました。

浅川バス停から浅川峠に向かいます。山道ではヤマブキ、ヤマザクラをはじめ、次から次へと山野草が見られました。印象的だったのは、2株並び立つヒトリシズカ。余談ですが、義経の前で遂に姿を現した静御前の霊が、巫女とデュエットで舞ったというその舞は、二人静と呼ばれ、この世では見られぬ美しい舞だったと言います。浅川峠への途中に崩落地があり、これから歩く権現山から三ツ森北峰までの稜線、長尾根と鋸尾根、山腹を彩るヤマザクラ模様などを望めました。

段落見出し 桜と、すみれと、つつじと

浅川峠に到着すると、リュックを下ろして準備運動をしました。きょうはこれからずっと、新緑の輝く、もしくは芽吹きの始まったばかりの尾根を歩きます。地図を広げていたら、ホホ-、ホホ-と、ツツドリの鳴く声が聞こえました。ホトトギスのように托卵する鳥で、私はこの声を聞くと「夏は来ぬ」の歌を想います。権現山を指す、大月市の古い道標を見ながら、脚のギヤを通常登山モードに入れました。これより権現山頂まで、ほぼ北に向かって進みます。

歩き始めると、さっそく明るい落葉樹林の歓迎を受けました。木々の芽吹きは始まったばかり。青い空が透けて見え、中低木の梢はすべて萌黄色。地面には落ち葉が分厚く敷き詰められ、堆積した腐葉土の道は足に優しく、最高の気分です。右手、木々の切れ目に雨降山のアンテナ群が見えました。現在地と大した標高差はありません。ふと見上げると、天高く伸びたヤマザクラの、まさに桜色の花がびっしり。花弁が全く散っていなかったので、見逃すところでした。

檜林に入ると、すみれが増えました。でも名の判るのは、タチツボスミレとエイザンスミレくらいなもの。落ち葉の隙間から花茎を伸ばして咲いているのは、アケボノスミレでしょうか。同定は帰宅後にすることとし、目につくすみれをどんどん撮影しました。探せばいろいろと見つかりそう。「すみれの森」と呼びたいくらいです。その後、再び落葉樹林帯に入ると、ミツバツツジが少しずつ見られるようになりました。標高が上がるほどたくさん咲いているようです。

段落見出し 権現山へ

キランソウによく似た花が咲いていました。でも花が白く、葉は濃い紫色を帯びています。後で調べると、ツクバキンモンソウでした。目にする花が多いほど、道草が増え、歩みが遅くなります。でもこれが適度な休憩となって、気が付けば、権現尾根縦走路のすぐ近くに来ていました。白花の小さなすみれが咲いています。これは、フモトスミレ。麓(ふもと)よりも、山頂付近でよく見かけます。こうして、疲れを知ることなく、権現尾根縦走路に至りました。

権現山頂まで往復します。あたりはミツバツツジの饗宴の真っ最中(さなか)。周囲の木々が芽吹く前に咲く、目の覚めるような色の花は、遠目にも美しく、鮮やかです。足も軽やかに、縦走路を東に少し歩いて、権現山の山頂に立ちました。先客はいません。展望がすばらしく、南面にはスッキリ富士山、北面には奥多摩三山をはじめとする峰々と、幾本も延びる長い尾根。中央線の沿線にありながら、平地からはあまり目立たない権現山は、奥ゆかしい名山だと思います。

ベンチ代わりの古い倒木に腰を下ろし、お茶にします。近くに芽吹き始めたタラノキが1本ありました。私の故郷では、シビトバラと呼び、杖を作って棺に入れてやります。もし冥府で鬼が出てきたら、棘だらけの杖で応じれば、鬼が逃げて行くと聞きました。それより、鬼などいない天国に行けばいいと思うのですが。タラの新芽はごちそうで、その天ぷらは大好きです。先回は、2013年秋、中央道野田尻から登りました。そのとき見えなかった富士山を、今見ています。

段落見出し 麻生山へ

麻生山に向かいます。縦走路で見る木々のほとんどは、まだ新芽が固く閉じていました。そんな中でカエデの仲間たちは、季節の変化に敏感なようです。羽化を始めた蝶の翅のように、しんなり柔らかそうな葉を垂れていました。起伏はなだらか、落ち葉いっぱいの地面をサクサクと踏みしめる心地よさ。どこにあっても真っ先に目を捉えるミツバツツジ。その三つ葉は、まだ小枝の先で傘を閉じています。日差しいっぱいの稜線は、軽く汗ばむほどでした。

気が付くと、尾根北面はカラマツ林になっていました。すみれ類は、針葉樹の落ち葉を好むのか、色々と咲いています。すみれたちに道草を食いつつ、小さな笹の生えた尾根を登ると、マメザクラの小群落がありました。出現の意外さと、うれしさとで足が止まります。しばしお花見タイムを取って、その先3~4分行くと、石碑のようなものが見えてきました。近くで見ると、それは自然石でした。西面に小さな仏像が立っています。ここでどなたか遭難したのでしょうか?

麻生山(1267.5m)には、大月市の道標と、三等三角点石がありました。これらがなければ、気づかずに通り過ぎていたかも知れません。さらに300mほど進むと、麻生山とほぼ同じくらいの高みがあり、「麻生山」と読める、木製の大きな山頂標が立っていました。相当な年季もので、かなり傾いています。この辺りの峰々は、山体を共有しているので、どこも麻生山なのでしょう。この峰には「麻生山北峰」と書かれた私製の標識もありました。

段落見出し ヒカゲツツジとベニバナヒメイワカガミ

「麻生山北峰」から10分ほど下ると、尾名手(おなで)峠でした。地理院地図に峠道は記されていませんが、大月市側の駒宮に下りる道があります。きょうの下山路のオプションなので、しっかりと見ておきました。他方、地図に記されている、尾名手川左岸の山道は、峠道としては使われなくなったのでしょう。今日の登山者たちは、尾名手尾根や坪山東西尾根を歩きます。さて、ここまで来ると、「あの花」がどれほど咲いているか、心配ながらもわくわくしてきました。

尾名手峠から登り返しに差しかかると、すぐにヒカゲツツジの花が見られました。「おお、あるある!」よく見ると、たくさん咲いています。目立たないけれども、優しく上品な色合いで、心を和ませるヒカゲツツジ。鮮やかな色彩でよく目立つミツバツツジを「陽」とすれば、あまり目立たないヒカゲツツジは「陰」。美しさでは同等です。葉の多くが傷んでいるのは、環境の厳しさによるのでしょう。ベニバナヒメイワカガミも、赤いつぼみを幾つも立ち上げていました。

ヒカゲツツジの小ピークを下って行くと、ちょっと危ない岩場が出現。慎重に降りて、登り返すと、再びヒカゲツツジとベニバナヒメイワカガミの群落がありました。特に尾根の北面は、明るいクリーム色の花がびっしりと咲いて見事です! 太陽光を燦々と浴びているのに、どうしてヒカゲツツジと言うのでしょうか。夢中で撮影していると、西から来た単独の男性が、静かに通り過ぎて行きました。ここのベニバナヒメイワカガミの見ごろは、来週か再来週でしょう。

段落見出し 三ツ森北峰

ヒカゲツツジの群生地から10分ほどで、三ツ森北峰に到着しました。素晴らしい眺望です! 大菩薩嶺から反時計回りに、小金沢連嶺、滝子山、富士山、丹沢、先ほど訪れた権現山まで、広がり感、奥行き感ともに、第一級の展望台と言えるでしょう。残念ながら写真では、山でヒトの脳が見るような、陰影や立体感が薄れてしまいます。山頂の大きな鏡は、割れていました。用が済んだら外していただきたいと思います。やがて、山のゴミとなるでしょう。

ところで、山頂には「北峰」という山名標識が三つもありました。どうして「北」峰なのでしょうか。山頂の南方に、これという峰は見当たりません。もし現在『麻生山(三角点峰)、麻生山北峰、北峰』と呼ばれる三峰を『三ツ盛』とするなら、その最も北の峰だから、ということなのかもしれません。また余談ですが、ヤマレコでは標高1202mとなっています。おそらく誤記でしょう。地理院地図には、北峰山頂に1240mの閉じた等高線が描かれています。

北峰では、30分以上休憩しました。帰りのバスの時刻は、選ぶまでもなく決まっています。お茶を飲んだり、山座同定をしたりして、山での時間を愉しみました。山頂の主(ぬし)のように振る舞っていたヒオドシチョウは、翅が物凄いボロボロでした。もちろん、越冬個体です。ある意味、老兵のような渋い存在感があり、必ずしも遠くない自分の未来について、何かを伝える使いのような気がしました。

段落見出し 事故

杉平バス停を目指し、鋸尾根を下ります。いきなり急下降で始まりましたが、これはすぐに終わり、緩やかな道になりました。相変わらず美しいミツバツツジが登山道を飾っています。ところが下山を開始して15分くらい経った頃、事故を起こしてしまいました。足下をよく見ていなかった瞬間、右足が浮き石を踏み、石ごとズズッとスリップしました。体のバランスが崩れます。左足がとっさに反応しますが、足を着く場所がありません。転倒を覚悟しました。

足取りに勢いがあったので、「とび前転」のように、一回転しました。背中のリュックの上を転がるとき、リュックがとても柔らかく感じました。暑かったので、脱いだ上着を詰め込んであったのです。「イダダダダッ!」岩角に膝を強打しました。立てません。でもこの時、なぜかありがたく、確かな幸福感がありました。谷に転落しなかったことと、骨折しなかったことで、安堵したのです。ズボンをめくると、右の膝頭が深く切れていました。白い肉が口を開けています。

5分ほどしたら、痛みが治まって来ました。大丈夫、立ち上がれます。岩に腰を下ろし、抗生物質の軟膏と傷テープとで、応急手当てをしました。傷から、じわじわと血液が滲み出ています。不思議にも、膝の傷には全く痛みがなく、痛むのは脛の外側でした。幸い、歩くことはできそうです。この事故によるロスタイムは約10分。再び転倒すると大事に至るかもしれないと思い、ゆっくり、慎重に下って行きました。時間は十分にあります。

段落見出し 無事下山

鋸尾根は、その名前からの予想に反し、負傷した足にもやさしい尾根でした。山頂直下の急降下はすでに通過済み。それ以降は最後までなだらかで、尾根上の二つの顕著なピークには、巻き道がありました。しかも落ち葉がフカフカの、膝にやさしい道。「この尾根でよかった!」とつくづく思いました。下るほどに緑が増し、元気も増します。山の生気を胸いっぱいに吸って、体の細胞も若返るのでしょう。山は毎年、青春を更新します。新緑の山はすばらしきかな!です。

登山道が終わると、私には懐かしい茶畑の風景がありました。小姓の集落を通り抜けて行くと、道にいたおばあさんが、私が通るのを待っていて、「暑いですねえ」と言われました。「どうしてこんなに暑いんでしょうかね」と応えます。集落内には要所要所に道標があり、迷いがありません。葛野川(かずのがわ)に架かる橋を渡り、最後の坂道を上ると、杉平入口バス停がありました。無事ゴールインです。その5分後にバスがやって来ました。

翌日、整形外科を受診。切れたひざを見せると、簡単にテープで閉じ合わせてくれました。ぶつかったのが岩だからということで、念のため、左右の膝のレントゲン写真を撮りました。医師がパソコンのレントゲン画像をシュワッと拡大したのには、ちょっと感動。骨にひびはなく、打撲という診断でした。膝は細菌に感染しやすいので、肩に抗生物質の注射を打たれました。次は、三ツ森北峰から奈良倉山にかけて歩きたいと思っています。そしていつか、あの楢ノ木尾根も。

木の葉ライン

↓ 紙芝居



©2016 Oda Family  All Rights Reserved.