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富士山(花と緑の須走ルート)

富士山頂から望む、朝の影富士

富士山頂から望む、朝の影富士

富士山は世界遺産です。様々な国籍の人々がやって来て、夏の登山シーズンは世界村の様相を帯びます。多くの人々の努力により、五合目より上ではゴミ一つ見られず、美しく保たれています。

須走ルートでは、多くの高山植物、鳥、蝶などに出遭えます。登山道も本八合目以下では気持ちよく空いているでしょう。

バス停 富士急バス: 御殿場駅 ⇔ 須走口五合目登山口

地図 地理院地図: 富士山

天気 富士山の天気予報: 富士山 , 富士山頂 , 須走口五合目 , 吉田口五合目

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富士 富士山保全協力金: 静岡県のHP , 山梨県のHP


コース & タイム 鉄道駅 御殿場駅 バス停 8:35 == 9:33 須走口五合目 9:53 --- 11:35 六合目 11:36 --- 12:27 本六合目 12:40 --- 13:41 七合目 13:45 --- 14:34 本七合目 14:50 --- 15:31 八合目(宿泊)2:00 --- 2:15 本八合目 2:22 --- 2:38 八号五勺 2:38 --- 3:23 九合目 3:23 --- 4:06 山頂久須志神社 4:09 --- 4:13 須走・吉田下山口(ご来光)5:00 --- 5:20 山頂郵便局 5:30 --- 5:35 富士山頂奥宮 5:37 --- 5:47 剣ヶ峰 5:53 --- 5:58 大沢崩上(影富士)6:14 --- 6:24 剣ヶ峰(記念撮影)6:44 --- 6:49 大沢崩上(パラグライダー発進)7:06 --- 7:20 久須志岳 7:27 --- 7:30 山口屋前(大休止)8:34 --- 8:35 須走・吉田下山口 8:35 --- 9:00 本八合目 9:01 --- 9:16 本七合目 9:20 --- 9:39 七合目 9:44 --- 10:27 砂払い五合目 10:34 --- 11:04 須走口五合目 バス停 11:50 == 12:45 御殿場駅 鉄道駅
※歩行時間には、登山道の渋滞による停滞や、小休止の時間が多く含まれています。
剣ヶ峰 けんがみね:標高 3776m 単独 2015.8.4-5 登り7時間44分、下り2時間29分、計 10時間13分、お鉢巡り2時間30分 満足度:❀❀❀❀ ホネオレ度:❢❢❢

8月4日(水)から5日にかけ、富士山に行って来ました。比較的に登山者の少ない須走ルートです。平日ということもあって、山小屋も、吉田ルートとの共通区間を除く登山道も、十分に空いていました。二日間好天に恵まれ、富士山の花、ご来光、影富士など、富士山で見たかったものをすべて見ることができました。

段落見出し バスで須走口五合目へ

富士山に行くのは、これが7回目ですが、山頂を目指すのは2度目です。1度目は東京に住んでいた学生時代、今で言う弾丸登山で吉田口から登り、富士宮口に下りて静岡の実家に帰省しました。人影のない未明の山頂を、独り剣ヶ峰に登り、煌々とした月光が怒涛の雲海を照らす荘厳な光景を目にしました。果てしなくどこまでも続く天上の大海原。激しく波打つ雲海は、ちょうど優れた絵画が動かなくても動くもの以上に動的であるように、私の心霊を打ちました。「ここは神だけが住む世界だ!」と。

JR御殿場駅で電車を降りると、「富士山口」から階段を左に下りて、富士急バスの券売所に直行しました。何故か登山者の姿はほとんど見えません。窓口で須走口五合目まで往復券を買うと、2060円也。片道だと1540円です。言われたとおりに3番乗り場に行くと、3人が並んでいました。発車まであと25分。徐々に列は延びて行きましたが、何と、そのおよそ半数は一目で外国人と分かる人々でした。

大きな高速バスが入って来ました。[須走口五合目] と書いてあります。往路の切符を運転士に渡し、座席番号1Aに着席。30人ほど乗ったでしょうか。発車すると、ゆっくりと市街地を抜け、「須走浅間神社」「宮上」「馬返し」「狩休(かりやす)」と、すべて通過して行きました。車内アナウンスも日本語、英語、中国語、韓国語と国際的。予定通り約1時間で須走口五合目に到着しました。

段落見出し いざ出発!

携帯電話で電界の強い場所を探すと、富士山保全協力金を受け付けている場所でアンテナがよく立ちました。八合目の下江戸屋に宿泊を予約します。実は、天候次第では、本六合目あたりまで行って帰ろうと思っていました。通話は始め先方で聞き取り難かったようでしたが、どこかに移動してくれたのでしょう。宿泊と夕食を予約し、いざ出発です。高山病の予防のため、30分か1時間ほど休憩してから登り始めようかとも思いましたが、超低速で歩けば大丈夫だろうと考えました。

古御嶽(こみたけ)神社の石段を昇り、小さな社殿の右から登山道に入ります。一見普通の山のように緑の木々と下草が生い茂っていますが、登山道にだけゴツゴツした溶岩が露出しています。さっそく、キンレイカ、オトギリソウ、キオン、ミヤマアキノキリンソウなど、いずれも黄色の花が咲いていました。[登山道] と [下山道] を示す赤い標識がありますが、須走ルートではこの赤い色が目印になります。

森にはダケカンバやカラマツなどが多くあります。面白いのは、ダケカンバはみな樹幹が山麓側に傾いているのに対し、カラマツの幹はピンと直立していること。そのカラマツもだだっ広い砂礫地では、枝だけが山麓側を向いていて、受ける風の凄まじさを思わせます。溶岩混じりの砂礫地には、紅白のイタドリ、オンタデ、ムラサキモメンヅルなどが咲き、少しでも土壌のある場所では、トモエシオガマ、シロバナノヘビイチゴ、クルマユリなどが咲いていました。少し予習してきたので、見つけるのも楽しみです。

段落見出し 富士山を独り占め?

森には小鳥たちもたくさんいました。歩いていると、足下からいきなり飛び立つ鳥もいて驚かされます。可愛らしいウグイスがいたので、撮影しようとしましたが、カメラの焦点が合う前に移動してしまうのでなかなか捉えられません。通りかかった女性は、大きなカメラを構えて、そのウグイスがホバリングしているところを捉え、見せてくれました。私は山にはコンデジしか持って行きません。携行品の損害もカバーする登山保険を考える時が、そろそろ来たかなと思いました。

登山道で出合う人は極めて少なく、ときどき誰も見えなくなりました。広大な富士山の山腹で、自分しか人影が見えないなんて、私が今まで抱いていた富士登山ラッシュのイメージとはかけ離れています。左手に開けた砂礫地の向こう側、「砂走り」下山道に目を凝らせば、砂塵を立てて下る人が時々見えました。

にんじん色の髪をした西洋人男性が、タブレット端末で何かを撮影していました。「(私)がんばりましょう」「(彼)ガンバッテ!」と挨拶。この人とは、その後もずっと抜いたり抜かれたりして、励ましあいながら登って行きました。彼の手にしていた金剛杖には旭日旗。これが彼を探すときの目印になりました。

段落見出し 遠かった六合目

五合目から1時間半ほど歩いた頃、ようやく [六合目 ⇒ 200m] と書かれた低い標識がありました。"6th Station, 六合目, 로쿠고메"と、四ヶ国語の表示です。「フーン、英語ではこう書くのか。中国語は日本語と同じだな。韓国語は日本語をハングルで書いただけじゃないか。こうするのが最も分かり易いのかな?」独り心の中でブツブツ言っているうちに、六合目の長田山荘に到着しました。標高2,400m。一つ目の山小屋です。赤い鯉のぼりがだらりとぶら下がっていました。

ここまで極力ゆっくりと、しかも休み休み歩いてきたので、六合目は素通りしました。またダケカンバの林が続きます。クルマユリの花は橙色に黒い斑の入ったものと、無地のものとが咲いていました。バニバナイチヤクソウは、その名のとおり紅色で、白いイチヤクソウのように長い花柱があります。平地にもいるスジグロシロチョウが、五合目から剣ヶ峰に至るまで見られたのにはびっくり。アサギマダラは富士山でも巧みに気流を利用して、省エネ飛行をしていました。

本六合目 "Original 6th Station" の瀬戸館では、腰を下ろして休みました。標高2,700m、山頂まで4.0km、220分とあります。張り出されたメニューの、ご飯もの1000円、うどん800円、カップ麺600円、焼印200円は、富士山の山小屋での相場でしょう。食材や飲料は、重機のような無限軌道を持つ車両(クローラー)で運び上げたものです。その車両は定められた時間内にブルドーザー道を行き来しますが、一部は下山道と共用になっています。

段落見出し 心地よい富士ミストに包まれ

本六合目を後にすると、日陰を作る潅木がほとんどなくなりました。地面を這うような超低木の合間に、ムラサキモメンヅル、ミヤマオトコヨモギ、フジハタザオなどが頑張って咲いています。時おり上昇気流が濃い霧を運んできました。体に冷んやり心地よい霧です。どこかにわずかな青空の見える瞬間もありましたが、山頂はずっとガスに覆われていました。富士山に来たからには、影富士やご来光を見たいものですが、果たしてどうなるでしょうか。

五合目から約4時間で、七合目の大陽館に着きました。ここで再び小休止。標高3,090m、山頂まで2.8km、160分とあります。その山頂が霧の合間に見え隠れしていました。そのうち晴れるんじゃないかな、とは私の希望的観測。小屋の入口に、「予約なしでも宿泊できます。当館の営業は10月15日までです」とありました。トイレ使用料ですが、宿泊者は無料、外来者は500円程度のチップ、と独特な設定です。「トイレの維持管理に通常より多くの費用が必要」と書いてありました。

さらに登って行くと、植生はオンタデばかりになりました。オンタデの「オン」は木曽の御嶽山に由来する名だそうです。五年前の9月下旬に登った浅間山では、紅葉したオンタデが黒い火山礫の山肌に美しい彩を与えていました。富士山では本八合目より上になると、オンタデも見られなくなり、肉眼には岩と砂礫だけの世界になって行きます。

段落見出し 高山病の未病

[本七合目 ⇒ 200m] の標識を見たあたりから、微妙に足が重くなりました。筋肉の出力が低下し始めたようです。血中酸素の不足によるものでしょう。ここは慎重に、見晴館で長めの休憩を取りました。標高3,200m、山頂まで2.0km、130分とあります。私が予約した八合目の下江戸屋までは、わずか420m、30分。ここまで来ると、山頂の建物まではっきりと見えるようになっていました。

休憩すると、一旦元気を回復しました。このまま行けるかな…? しかし、しばらく歩くと、また足の力が落ちてきました。わずかに船酔いの前兆のような感覚があります。頭痛は一歩か二歩手前の微妙なところ。加えて、両手10本の指先にごく軽い痺れがあります。これらは高山病の症状または予兆と言ってよいでしょう。はじめ超低速登山を心がけたつもりでしたが、いつの間にかペースが上がっていました。ギアを再び低速に入れ替えます。

八合目の下江戸屋は、もう目の前ですが、ゆっくりゆっくり、10歩進んでは10秒間立ち止まって腹式呼吸をするようにしました。こうすることで、エンジン出力が少しずつ回復します。そして午後3時半、五合目より歩き始めてから5時間38分、きょうのゴール八合目に到着しました。標高3,350mです。

段落見出し 「絶景だ!」

宿泊の手続きを済ませると、寝場所に案内されました。翌日の出発予定を午前3時と伝えておいたことに由るのだと思いますが、二段蚕棚の下の段、通路の最奥の寝袋に案内されました。暖かく、よく休めそうな寝具があります。荷物と靴袋はすべて上のフックに掛けるように言われました。私は発熱性の下着を着込み、靴下を脱いで新しいものを用意し、帽子を冬山用に取り替えました。ヘッデンも取り出しておきます。

ところで、私が入ったときの部屋は空室に近い状態で、その後に到着したグループもありましたが、翌朝までかなりの空きがありました。予約しなくても十分に泊まれたでしょう。富士山の山小屋での恐るべき混雑ぶりを聞いて気が滅入り、長年富士登山を考えてこなかった私には、とても意外なことでした。

しばらくウトウトすると、「絶景だ!」の声で目を覚ましました。外に出ると、裾野まで霧が晴れ、河口湖、山中湖と周辺の里や森がきれいに見えました。山小屋の窓からは一斉にカメラの列。山頂も霧が晴れ、青い空と白い雲にくっきりとシルエットを望めます。今しも本八合目のあたりに太陽が隠れるところ。さあ、運良く影富士が見られるかもしれません。

段落見出し 満天の星

残念ながら、また雲が発生し、影富士は見られませんでした。午後5時、名前を呼ばれ、夕食の席に着きました。おや、座る場所が決まっています。まあ、その方が効率的でしょうから。食事はカレーライスで、チキンハンバーグが付いていました。質的には満足しましたが、量的には空腹で来た胃に少々不足を感じたので、後で小さな大福を1個食べました。

午後6時前には就寝しました。消灯は午後8時です。私の左隣は一人分空けてあり、右は誰もいない奥の間なので、ゆったりとくつろぐことができました。午後8時頃トイレに起きると、ちょうど部屋の明かりが消えました。でも廊下に照明があるので、ヘッデンは不要です。トイレは宿泊者が1回100円、外来者は200円ですが、宿泊者で私以外にお金を入れた人がどれほどいたか、疑問です。

その足で外に出てみると、夜空いっぱいに星が輝いていました。北斗七星やカシオペアの輝きの強いこと。久々に受けた星からの感動を胸に、しばらく見とれていました。明日の天気は期待できそうです。寝床に戻って、興奮が収まってくると、あたりの静けさが耳に沁みてきました。遠くの方の小さな物音もよく聞こえます。不思議なことに、寝息やいびきが、全く聞こえません。私は寝袋に潜って、妻に「★★★がきれい!」とメールを送りました。

段落見出し 二日目、起床時刻を間違える -- でもよかった

ふと目を覚まし、ヘッデンの暖色ランプを点けて腕時計を見ると、午前2時半でした。「あっ、もうこんな時間か、でもちょうど良かったな。」静かに起き上がって寝室を出て広間に行くと、午前1時半でした。「あちゃぁ、間違えた!」出発するには早すぎるので、午前2時まで山小屋の従業員たちを見ながら、広間で過ごすことにしました。山小屋は24時間営業で、深夜の休憩(3時間ごとに3,000円)の人や、未明に熱いカップめんを求めて立ち寄る人などにも対応しています。

山小屋の外で新鮮な空気を吸い込みながら準備運動をしました。午前2時ちょうどに2日目の行動を開始。いきなり急登が始まりますが、羽がついたように体が軽くなっていました。高地にはすっかり慣れたようです。慎重にペースを抑え、15分かけて本八合目に到着。標高3,400m。ここで吉田ルートの登山道と合流します。いきなり夥しい登山者の列に加わることになりました。

八号五勺、標高3,500mの御来光館までは、何とか前進しました。以後、渋滞が激しくなり、ナメクジのようなノロノロ登山。所々に立っている指導員が拡声器で、「グループは左、個人の登山者は右」と呼びかけていました。でも実際には前が空いた方に進むしかありません。近くにいたあるグループの添乗員とガイドが、「今日は空いている」「ホント、めっちゃ空いている」と話していました。混む時はどれほど混むのでしょうか。

段落見出し いいタイミングで登頂

ドタン、ザザザーと落石がありました。キャーと凄まじい悲鳴。幸い人の列にぶつかる寸前に石が止まってくれました。しばらく進むと、また落石。また悲鳴。私が上を見上げると、2人くらいが金剛杖を路肩に突きながら歩いていました。これでは路肩の石を突き落としながら歩くようなものです。私は大声を出して、「ロープの外に杖を突かないでくださぁい!」と二回叫びました。そして「落石が起きまぁす!」と一回。幸いその2人は日本語が分かる人だったようで、一発で改めてくれました。

午前4時5分、ようやく山頂の鳥居をくぐり、須走口・吉田口山頂に立ちました。最高地点ではありません。でもそこは誰にとっても一つの明確なゴール地点。登頂を果たした喜びに抱き合っている人々、握手して健闘を称え合っている人々などで大賑わいでした。私は久須志神社と休憩所などの立ち並ぶ、明るい富士山銀座を抜け、[須走口下山道]標石の向こうまで行って、ご来光を待つことにしました。すでに東の地平線は赤熱しています。風は微風。この上なくおだやかな空気を感じました。

山頂から東方には、山中湖と丹沢山塊を見下ろせました。思い出のある峰々が、絹のような柔らかい雲を纏い、静かに佇んでいます。午前4時46分、姫次の向こうあたりから太陽が出て来ました。控えめな歓声が聞こえます。多くの人々が、見ることよりも撮影に夢中になっていました。私もその一人、立て続けにたくさんのショットをカメラに納めて行きます。人々の顔も衣服も真っ赤な光を受け、一瞬ですがあたかも一つの人種になったように見えました。

段落見出し たっぷり2時間半のお鉢巡り

山頂のお楽しみ、お鉢巡りに出かけます。順路は一周約3km、90分ということですが、日本最高の場所にいるのですから、急がずじっくりと見て周りましょう。まず最初に大内院と呼ばれる噴火口の底をのぞいて見ました。巨大なすり鉢は、アリ地獄のように砂礫や岩石が崩れ落ちそうで怖い。赤茶・黒・白の噴火口は、普段見る青・白・緑の富士山のイメージとはかけ離れた異界。見れば見るほど、「富士山はやはり火山だ!」という思いが強くなりました。モルゲンローテの剣ヶ峰が、ちょうど真向かいに聳えています。

時計回りに進みました。噴火口を右に、太平洋を左に見ながらの、豪華な散策路です。私は山の上から海を眺めるのが大好きなので、これは極上の設定、至福の時間になりました。東の相模湾は、今住んでいる神奈川の海、西の駿河湾は生まれ育った静岡の海です。成就岳、伊豆岳、朝日岳は、外周の巻き道を歩きました。富士の山腹には宝永山、裾野には愛鷹山、海に突き出て行くのは伊豆半島、その彼方に伊豆大島。それぞれの場所で、今きれいな富士山を眺めている人々がいるのでしょう。

御殿場口への下山道を左に分け、富士山郵便局の前に下り立ちます。午前5時20分でしたが、開いていました。ポストは、環境との調和のため、赤ではなくチョコレート色に塗られています。せっかくなので絵葉書を求め、わが家宛てにさらさらと住所を書き、投函しました。消印が楽しみです。(3日後に配達されました。)

段落見出し 日本最高峰剣ヶ峰

富士山頂奥宮をさっと表敬訪問し、剣ヶ峰に向かいました。岩に鉄分が含まれているのか、この辺りは赤茶色です。山頂直下の急傾斜を登り始めると、富士山の左に、その稜線の影が見えました。勝手に名づけて二重富士(ふたえふじ)です。昨晩見られなかった影富士が見られそうだと思ったので、山頂に急ぎました。ところが馬の背と呼ばれるこの急登はザレ気味で、足をしっかり斜面に押し付けて登らないと、ズルズルと滑ってエネルギーを消耗します。

急ぎ足で剣ヶ峰に到着しましたが、影富士は見えませんでした。気象観測所の建物があるからです。それならばと、西安河原に駆け下り、大沢崩の上に立ちました。すると、西方の身延平野に見事な影富士がありました。青いステンドグラスのような、透明の富士山です。稜線には、虹色の縁取りがあって、ちょっと神秘的。その右手には、南アルプスの峰々が勢ぞろい。さらにその右には八ヶ岳も。朝食はここで決まりです。

贅沢な時間を過ごした後、剣ヶ峰に戻りました。やはり記念撮影はしておこうと思ったのです。気象観測所跡に戻ると、30人ほどが順番待ちをしていました。すでにドームはここにありませんが、その土台と建物が残っています。番が来ると、私の前の男女を私が、彼らが私を撮影しました。顔が山頂標の陰にならないようにするのがコツです。近くには、タテハチョウとスジグロシロチョウが来ていました。蝶たちはここに棲んでいるのではなく、風に乗って飛来したのでしょう。

段落見出し パラグライダー、発進!

再び大沢崩を見下ろす場所にやって来ると、パラグライダーを準備している人々がいました。3人です。その一人はすでにハーネスを装着し、翼の操縦索を点検していました。腰を下ろして見学させていただきます。その人は時々小石を投げて、砂埃の立ち方を見ていました。約10分経った頃、いよいよ駆け出しました。富士山の、しかも大沢崩の上から駆け下りるのです。凄い度胸! 青い翼が開きました。「行きます!……行けます!」そしてフワリ空中に浮かんだかと思うと、見る見る身延平野の方向に飛んで行きました。

その先は、お鉢の北縁を巡るなだらかな道が続きます。右に火口と万年雪、数々の観測装置(地震センサー?)、金明水など。左は雷岩、釈迦の割石、白山岳。これを過ぎると、お馴染みの奥秩父、大菩薩連嶺、御坂山地などの大パノラマが展開しました。南アルプスに引けを取りません。ここで目の前の久須志岳に登ると、立体的な方位盤があり、山座同定ができました。火口に向き合えば、真正面に虎岩。威厳を持って、今にも崩れそうな斜面に踏ん張っています。

お鉢を一巡りし、東の縁に戻って来ました。絵のように美しい丹沢山塊を再び目にします。富士山は360度、どこから見ても美しいと言われますが、富士山からの眺望も360度美しいものでした。午前7時半、太陽はまだ優しい光を地上に投げかけています。40数年前の山頂では、月光下に怒涛の雲海を見ました。今回は素晴しい山河、満天の星、影富士、ご来光。これで富士山の魅力は全部味わい尽くしたでしょうか? いいえ。次は宝永火口を横断し、大砂走りも走りたい。そして茜色の雲海も、まだ見たことのない幾つもの花も。

段落見出し あっと言う間の下山

時間はたっぷりとあったので、休憩所のベンチに腰を下ろしました。靴を脱いで、足の血行を促します。登山道を見下ろせば、ずいぶんと人がまばらになりました。この時間に登頂を目指すのも悪くなさそうです。さて、眼下に見えている山々は、大体が私のホームグラウンド。どの山に登ったときも、「見えるかな?」と、富士の姿を探しました。見えればその山の思い出が倍化する富士山。夢中でレンズを向けた富士山。里から、峰から、海からも、晴れ渡る今ぞ、こぞりて見上げるべき。

1時間ほど眺望を楽しみました。下山に備え、靴をしっかり履き、靴紐をしっかりと締めます。小石が靴に入るのを防ぐため、スパッツも装着。午前8時35分、下山の途に就きました。八合目までは須走ルートと吉田ルートの下山道は同じです。そこは幅広のブルドーザー道で、大きなゴロ石もなく、登山道とは比較にならないほど歩き易い道です。芦ノ湖、山中湖、河口湖などの眺望を楽しみながら、どんどん下りました。途中で2回、勇ましく登って来る運搬車と出合いました。

七合目から3分ほどで、砂走りが始まりました。楽しみにしてきたところなので、調子よくザクザクと下って行きます。前のグループに近づきすぎると、モウモウたる後塵を拝する羽目になるので、50mほど距離を置いて下り、抜くときは一気に抜き去るようにしました。角張ったゴロ石もたくさんあるので、転倒しないよう十分注意しなければなりません。午前10時半、砂払い五合目の吉野屋前で一休みしました。

段落見出し 花と蝶の森に帰還

[下山道] と書かれた扁額(?)のある鳥居から、緑の森に戻りました。その後一旦ブルドーザー道を通るとき、富士山を振り返ることができます。名残を惜しんで、その雄姿を、もう一度見上げました。前日には見られなかった真っ青な大空を背に、裾野から山頂までのラインがとてもきれい。森の上では濃い霧が湧き上がり、南から北へ、富士山を這うように昇って行きます。

[標高2000m] の標識を見ると、すぐに古御嶽神社です。手水場はありません。富士山保全協力金受付の係員たちに、「暑い中、お世話様です!」とねぎらいながら、ゴールインしました。氷旗の並ぶ休憩所で、「かき氷をどうぞ!」と勧められたので、腰を下ろして「コケモモベリー」とかいうソフトクリームを食べました。こうしてバスを待つ時間も、幸せな記憶になります。休憩所の柵の外では黄色いマルバダケブキが花盛り。のどかに蝶たちを集めていました。

バスを下りた御殿場駅前は、真夏の空気が満ちていました。各商店街の上に、くっきり紺色の富士山が聳えて、いかにも御殿場らしい。駅の外れの洗面所に行き、手と顔と首を洗いました。一応さっぱりとはしましたが、衣服には汗とほこりがいっぱい付いています。山北駅で一旦電車を下り、「さくらの湯」で全身を念入りに洗いました。乾いた衣服に着替え、伸びたヒゲも剃りました。帰宅したら、リュックも洗ってやらねばなりません。

段落見出し ツケが来た!

翌日、両腿とふくらはぎの筋肉が痛くなっていました。砂走りで調子に乗って飛ばしすぎたツケです。でも、楽しかったのだからいいでしょう。

今回の山行では、500mlのペットボトルを4本用意し、1本に緑茶、3本にスポーツドリンクを詰めて行きました。2日間で消費したのは約1.6リットルです。山上ではシャツ1枚で歩き、ほとんど暑さを感じなかったので、水分補給は思ったより少なくて済みました。喉の渇きを感じたのは、二日目、砂払い五合目に来てからでした。

「さて、次は宝永山と大砂走りだな」と、さっそく来年のことを考えています。

木の葉ライン

↓ 紙芝居



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