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大菩薩嶺・大菩薩湖

上日川ダムより大菩薩嶺と大菩薩湖を望む

上日川ダムより大菩薩嶺と大菩薩湖を望む

上日川(かみひかわ)ダムは、松姫湖の葛野川(かずのがわ)ダムとセットで運用される、大規模な揚水発電施設です。

左の写真中、白い建物が葛野川発電所取水口ゲートです。上日川ダムの堤頂には、コマクサが植えられています。

バス停 栄和交通バス: 甲斐大和駅 → 上日川峠 登山口
バス停 栄和交通バス: 甲斐大和駅 ← 大菩薩湖入口 登山口

地図 地理院地図: 大菩薩峠

天気 大菩薩峠の天気: 大菩薩嶺 , 山梨県甲州市

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コース & タイム 鉄道駅 甲斐大和駅 バス停 7:45 == 8:26 上日川峠 8:30 --- 8:47 福ちゃん荘 8:53 --- 8:57 富士見山荘 9:03 --- 9:39 大菩薩峠 9:51 --- 10:02 親不知ノ頭 10:10 --- 10:16 賽ノ河原 10:16 --- 10:34 標高2000m地点 10:35 --- 10:48 雷岩(昼食)11:18 --- 11:24 大菩薩嶺 11:37 --- 11:44 雷岩 11:47 --- 12:42 福ちゃん荘 13:00 --- 13:17 上日川峠 13:21 --- 13:46 砥山林道出合(休憩ベンチ3脚)13:55 --- 14:15 湖岸道路入口 14:16 --- 14:39 上日川ダム(登山終了)15:44 --- 15:46 大菩薩湖入口バス停 バス停 15:56 == 16:27 甲斐大和駅 鉄道駅
※歩行時間には道草と写真撮影の時間が含まれています。
大菩薩嶺 だいぼさつれい:標高 2057m 単独 2017年6月3日 全6時間09分 満足度:❀❀❀❀ ホネオレ度:❢❢

6月3日(土)、上日川(かみにっかわ)峠行きのバスを利用して、大菩薩峠、大菩薩嶺、大菩薩湖を巡って来ました。稜線上からは、甲府盆地を隔てて、ずらり白銀の南アルプスが圧巻のパノラマ。マジェンタ色のトウゴクミツバツツジはまだ美しく、サラサドウダンや夏の山野草は、もうしばらく先になりそう。上日川峠から大菩薩湖の北岸に下りる道では、水辺にクリンソウが咲き始めていました。

区切りアイコン 甲斐大和駅から上日川峠へ

6時35分、八王子駅始発の松本行き普通列車は、ほぼ満席で発車しました。自転車を持った人たちは、遠慮がちに車両の端っこに、立席のハイカーたちは左側のドア付近に。皆さん、どこまで乗って行くのでしょうか。上野原、大月、笹子と進んで行っても、これらの駅で降りる人はごくわずか。そして、電車が甲斐大和駅に到着すると、通勤電車のように乗客を吐き出しました。階段付近で下りた人たちは、一目散に駆け上がって行きます。私もこの流れに巻き込まれました。

駅舎を出ると、栄和交通の小型バスが来ていて、すでに半分ほどの席が埋まっていました。係員が「終点までの方は後ろの席に詰めてください!」と叫んでいます。素直に後部の席に座り、窓の外を見ると、駅舎の奥にまで長い人の列。さすがは大菩薩、すごい人気です。バスは補助席もすべて使い、定刻より25分早く、7時45分に発車しました。はじめ立っていた人たちも、天目山温泉で全員が着席できました。山は緑いっぱい。蛇行する県道を、ぐんぐん登って行きます。

小屋平で十数名が下り、前方の席が空いたので、前に移動しました。到着したら速やかに出るためです。8時26分、上日川峠に到着。すぐトイレに走る人々。私も我慢してきたので、後に続きます。上日川峠の標高は、約1585m。半袖ポロシャツ1枚の私は、少し肌寒く感じました。駐車場を見ると、びっしり満車。美しい富士山を見るため、未明に到着し、ヘッデンで暗い登山道を登る人たちもいると聞きます。きょうは、富士山を見るまで、私も道草をせずに登りましょう。

区切りアイコン 花をたずねつつ大菩薩峠へ

上日川峠から福ちゃん荘まで、車道と並行する山道を登ります。早くも大声で泣く小さな女の子を連れた家族が、困った顔をしていました。大きなミズナラ、カエデ、カラマツの繁る森を緩やかに登るこの道は、体をほどよく暖めてくれます。でも幼児にとっては、つまらない坂道かも知れません。私もいくつかの山で、子供にお菓子を与えながら、だましだまし登ったことを憶えています。福ちゃん荘に到着すると、山の蝶が飛んできて、背中のリュックや手に止まりました。

富士見山荘に来ると、富士山を望めました。晴れた空にくっきり爽快な稜線を描いています。わが富士山は、きょうも見事な晴れ姿! これで、道草の自粛は早くも解除です。山荘のわきを下りて行くと、さっそくクリンソウが咲いていました。咲き始めたばかりらしい、初々しいサーモンピンクの花。優しげな緑色の葉。サクラソウの女王の風格を表すには、もう少し日数が必要なようです。白い花の咲く木はアズキナシ、それともウラジロノキ? リンゴに似た花はズミかな?

登山道では、赤紫色のトウゴクミツバツツジが咲いていました。花の盛りを過ぎた木もありますが、十分にきれいです。さらに登って行くと、広げた枝にびっしりと花をつけた豪華な木がいくつもありました。このツツジが朱色のヤマツツジと共演すると、なお素敵なのですが、この道では見つかりませんでした。人の手に依らずに混生することは、なかなかありません。大菩薩峠の手前には、ニホンジカの群れがいました。シカはレンゲツツジの葉を食べると言います。

区切りアイコン 絶景、大菩薩峠

大菩薩峠から、視界に入る人の数が急に増えました。介山荘前に立つ山名標の前にも、その先の稜線上にも、人、人、人。天気好し、眺望好し、名前好し、アクセス好しの百名山。意外にも、若者たちが多く見られました。まず峠の方位盤に行くと、何と言うか、交響曲のように南アルプスが大展開! 北岳から聖岳へ、甲斐駒へ、くっきりと浮かぶ稜線を目で辿ります。そしてデジカメを最大画素に設定して猛撮影。また峠まで戻って、奥多摩の山々も眼とカメラに収めました。

福ちゃん荘から大菩薩嶺と大菩薩峠を巡る場合、時計回りと反時計回りとが選べます。先回は時計回りだったので、今回は反時計回りにしました。大菩薩嶺へと続く美しい稜線を常に前に見ながら、そして時々富士山を振り返りながら登ることになります。素っ気なく言えば、大菩薩連嶺が眺望に優れているのは、尾根周りが広範囲に禿げているからでしょう。でも、老年期の山々に雄大な展望があり、美しい山野草が咲くのは、とても素晴らしいこと。私もかくありたい!

私が持っているガイドブックには、レンゲツツジ、サラサドウダンほか、花の咲く場所が記されています。でもこれらの花芽はまだ固く、小さく、咲くのはもう少し先のよう。代わりに、本に記されていないトウゴクミツバツツジが咲いています。あちらこちらでスポット咲きしている鮮やかなマジェンタ色の花がそれ。青い空と緑の山に、きりっとした視覚アクセントと、生命感とを添えています。足下には、白や黄色の小さな花が、ずっと途切れることなく咲いていました。

区切りアイコン 眺望を楽しみつつ、雷岩へ

大菩薩峠から10分ほど登ると、親不知ノ頭です。ここも優れた展望台で、富士山に大型望遠レンズを向ける人々がいました。また奥秩父、八ヶ岳、乗鞍岳も、明瞭に望めます。何より、大菩薩嶺のメルヘン的な稜線を一望するには、ここが最良の視点かもしれません。その稜線上に付けられた踏み跡が、眼下の賽ノ河原に落ちて、再びふわりと足下に上がって来る三次元的な躍動感は、写真にも十分に写り込みます。ここにレンゲツツジが咲いたらどんなに素敵でしょうか。

標高2000米の標識の近くに、これまた展望の好い岩(神部岩?)があります。ここに立って振り返ると、富士山の左手に、重量感のある小金沢山、その南方に台地のように横たわる大蔵高丸、ハマイバ丸あたりまでを望めました。小金沢連嶺の好きな私は嬉しくなります。また富士山の裾の下に移動して来た大菩薩湖の、輪郭と位置とサイズとが、絶妙にも富士山と点対称の相似形になっています。この不思議な風景に気づいた人は、まだあまりいないようです。

雷岩で昼食にしました。大菩薩嶺は山頂の展望が利かないので、多くの人々が、見晴らしの好いここを昼食の場にします。私が学生時代に初めて来たときも、雷岩の上でお昼にしました。当時、大菩薩湖はまだなく、昼食後は丹波(たば)に下りたのですが、今回は上日川ダムに下りる予定です。電気技師だった私は、水力発電ダムや送電鉄塔が大好きなのです。ところで、富士山の手前に、赤白の送電鉄塔が見えますが、「あの塔が邪魔ね」と言う女性の声が聞こえました。

区切りアイコン 大菩薩嶺頂から唐松尾根へ

さて、山頂へ行ってきましょう。この区間は展望こそありませんが、苔むした倒木、フカフカの林床など、奥秩父の自然林に似た味わいがあり、私は好きです。所要時間は往復15分程度、きつい登りはありません。人の歩く道だけでなく、左右にも目をやりましょう。木にシカのかじった跡があります。動物が泥浴をするヌタ場はないでしょうか。足下の可憐な花はミヤマカタバミ。山頂に到るまで、ささやかですが、人間の介入を受けない、原初の森の雰囲気を感じられます。

雷岩に戻り、下山の途に就きます。唐松尾根を指す道標に [上日川峠 55分] とありますが、きょうは無理。狭い登山道を次から次へと人が登って来るし、自分の前に長いパーティーが歩いていることもあります。やがて富士山が見えなくなり、道幅も広くなると、マイペースで道草も遠慮なく食えるようになりました。本当に水が滴りそうなミズナラの若葉、カエデの葉の影絵、迫力あるモミの巨樹、松の枝のサルオガセ、カラマツ林に響くエゾハルゼミの大合唱 ...

福ちゃん荘 - 大菩薩峠 - 大菩薩嶺を頂点とする三角コースは、よくできていると思います。自然の中にいる喜びを最も多く与えてくれたのが、唐松尾根でした。福ちゃん荘の前で腰を下ろし、お茶休憩にします。ここの寒暖計を見ると、19.7℃。と、頭上でエゾハルゼミが鳴き始めました。小さなセミですが、昼寝の夢をも破らんばかりの大音響! 全力の婚活です。お土産に、山ぶどう羊羹を見て衝動買いしましたが、これ、山梨県産の山ぶどうで作ったものでしょうか?

区切りアイコン 上日川峠から大菩薩湖へ

上日川峠に戻り、石丸峠への道を下って行きます。10分ほど緩やかに下ると、沢を渡る直前に古びた道標があり、[上日川ダム北岸] と書かれた腕木が右の道を指していました。もし沢を渡って直進すれば石丸峠です。この沢にもクリンソウが咲き始めていました。上日川ダム北岸(正しくは大菩薩湖北岸)への道は、歩かれた形跡こそ薄いものの、幅が2~3mはある立派なものです。この道を10分ほど進むと、舗装された砥山林道に飛び出しました。休憩ベンチが3脚あります。

ここ「北岸」から林道をどちらに進めばダムに行けるでしょうか? 地形図をよく見ると、石丸峠方向に進めば、湖の東岸に破線表示されている広めの道に接続しそうです。よし、これだ。ベンチから3分ほど歩くと、右に遊歩道(?)のようにきれいな道が分岐していました。しめた、と思ってその道に進むと、奥まった入り江にぶつかりました。金網のフェンスで通せんぼがしてあります。警告板もあります。「あぶない!! この先は危険ですので立ち入らないでください。」

困りました。どうするか? 入り江の対岸を見ると、同じような警告板が立っています。何と書いてあるでしょうか。監視カメラもあって、後ろめたかったのですが、入り江を渡って行って見ると、全く同じことが書かれていました。ということは、危険なのは、金網で囲まれた入り江の部分だけ。揚水発電の貯水池は、水位の急変動があるので確かに危険です。同様の入り江をあと2回渡り、少し歩くと広い舗道に出ました。もう目から大菩薩湖を遮るものは、何もありません。

区切りアイコン 上日川ダム

以後、美しい湖水を右に見ながら、舗道をテクテク、上日川ダムまで歩きます。キラキラ輝く湖面は、空の青を映して真っ青。ダムの手前、取水口ゲートにやって来ました。水利使用標識に、取水量210m³/s(毎秒210トン)とあるように、大規模なものです。そしてダムまでくると、おやおや、門が施錠されていました。ここまで歩いて来た道は、一般開放されていなかったのです。やむを得ず、少し戻り、監視小屋(?)のわきへ下りてから、ダムの積み石を登りました。

堤頂に立つと、湖の奥に大菩薩嶺を望めました。先ほど大菩薩湖を見下ろした嶺。今、湖から見上げています。大菩薩嶺も私を見ているような気がしました。こうして見渡すと、大菩薩嶺は水源林でもあることが実感できます。ダムの堤頂にはコマクサが植えられ、ピンク、赤、白の可愛い花をつけていました。どこかでカッコウの鳴く声。積み石の一つに腰を下ろし、とっておきのお菓子とお茶を取り出します。バスは1本見送り、心もお腹も満たされるひと時を過ごしました。

ダムから大菩薩湖入口バス停はすぐです。15時56分の最終バスは、定刻通りに来ました。乗り込むと、車内は半分くらいが空席で、すでに眠っている人もかなりいます。私は運転席のすぐ後ろに座って、県道のどこにどんな分岐点があるか、見て行きました。バスは天目山温泉で初めて停車。大勢のハイカーがこのバスを待っていました。うまいことに、補助席を全部使って、全員が着席。甲斐大和駅での接続も良く、相模湖あたりまで気持ちよくうたた寝しながら帰りました。

区切りアイコン あとがき

ネット上に、上日川峠から上日川ダムへと下りた記録が見当たらなかったので、参考までに事実をそのまま書きました。上日川ダムを訪れたい方は、私が歩いたルートではなく、大菩薩湖入口バス停前のゲートから入ってください。一般公開は、午前9:00~午後5:00です。

日川の読み

  • 河川名の日川は、Weblioでは「にっかわ」、Wikipediaでは「ひかわ」となっています。
  • 上日川峠の読みは、とりあえずヤマレコの記事を信用して「かみにっかわとうげ」としました。でも「かみひかわとうげ」という呼び方もされ、気にしなければどちらでも通じます。
  • 上日川ダムは、Wikipediaの記事を一応信用して「かみひかわダム」としました。上日川峠の読みと整合しませんが、東京電力の施設名なので、そのままにしておきました。

私の素人的考察:旧名の満川(みつかわ)に発音が近いのは「にっかわ」。武田家終焉のとき、三日血川(みっかちかわ)と呼ばれ、これから転じたと言われます。時が流れ、血なまぐさい歴史のなごりのある名よりも、明るい太陽をイメージする「ひかわ」が好まれるようになったのではないでしょうか。ちなみに、これと関係あるか分かりませんが、景徳院の近くに氷川(ひかわ)神社があります。

木の葉ライン

↓ 紙芝居



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