棒ノ折山は、棒ノ嶺とも呼びます。埼玉、東京、いずれの側からもアクセスが良く、山頂からは奥武蔵の山々と関東平野の広大な展望を得られます。
大仁田山は、奥多摩の都県境尾根の東部に位置し、山頂は埼玉県側にあります。小沢峠(こさわとうげ)から久方峠(くがたとうげ)にかけてのルート判断がやや難しいのですが、そこが楽しいとも言えるでしょう。
西東京バス: 川井駅 → 清東橋 国際興業バス: 成木一丁目四ツ角 ← 間野黒指 都バス: 東青梅駅 ← 成木一丁目自治会館 (安楽寺)
地理院地図: 大仁田山
大仁田山の天気: 青梅市 , 飯能市 , 清東橋 , 安楽寺
レポ: 棒ノ折山から岩茸石山
5月2日、奥多摩の棒ノ折山から大仁田山にかけて、新緑の都県境尾根を歩いてきました。久方峠の手前で道を間違えましたが、ほどなく元のルートに復帰できました。WEBで検索すると、長い都県境尾根を、青梅市の安楽寺まで走破する健脚者もいるようです。私は翌日からの出張に備えて体力を温存しておこうと、黒指に下り、バスの乗り換え地で安楽寺を見学しました。
清東橋行きバスには、私を含む単独男性5人が乗車しました。真名井橋で、一人が運転手さんに頼んでバスを停めてもらって降りたほかは、終点まで乗り降りはありませんでした。
準備運動は山の神の祠前ですることにし、さっそく奥茶屋に向かいます。歩き始めると、「5月7日から6月7日まで夜間車両通行止めとなります」と書かれた看板が立っていました。夜間道路工事でもするのでしょうか。このあたりはマス釣り場の多いところです。大丹波川のせせらぐ音が心地よく、早くも山に来た喜びが湧き上がってきました。
清東橋バス停から7分ほどで、奥茶屋に到着。右に下って木橋を渡り、山道に取り付きます。かなり雨が降った後だったのか、草木や地面が濡れていました。三年前に来たときにたくさん見たクワガタソウやラショウモンカズラはまだ咲いていませんでしたが、ワサビ田に白い小さな花が咲いていました。
小さな祠の前で、登山道は左折します。ここでリュックを下ろし、準備運動と水分補給をしました。三年前に来た時よりも、祠が傾いているような気がします。トレイルランナーが一人、軽快な足取りで登って行きました。私は下山時のバスの時刻を念頭に、ペース配分を考えています。
このルートで棒ノ折山に登ると、ほとんど展望はありません。それでも左手(西面)が広葉樹林になっている場所で、枝越しながらも高水山や川苔山が見えました。木々の葉が繁れば、それも見えなくなることでしょう。でも初夏の山には様々な魅力があります。どこかで、ホーホーと、ツツドリの鳴く声。小さいけれど、山道に色を添えている、タチツボスミレ、エイザンスミレ、フモトスミレ。いずこから漂い来るのか、ヘリオトロープを想わせる不思議な薫り。
祠から1時間弱の登りで、山頂が見えて来ました。地面いっぱいに桜の花びらが散りばめられています。モミジイチゴのトンネルは刈り払われ、見通しがよくなっていました。元気よく山頂広場に飛び出すと、東京側のヤマザクラ(緑葉)がまだ十分に見頃でした。岩の陰にたくさんの花びらが吹き溜まっています。埼玉側の山頂標「棒ノ嶺」の上に枝を広げるヤマザクラ(赤葉)も、まだ三分ほど咲き残っていました。
棒ノ折山の山頂広場で20分ほど休憩し、奥武蔵の山座同定を勉強しました。山々の名を記した絵図が立っています。残念ながら、上州や日光の山は霞んでいました。関東平野の眺望も朧げでしたが、眼下の名栗湖はくっきりして、湖水の色も魅惑的でした。
権次入峠(ごんじりとうげ)に下る道も、桜の花びらがいっぱいでした。旧道は植生回復のために通行止めになっています。でも幸い、迂回路上に、よりたくさんの花びらが散りばめられ、束の間の風流を楽しめました。
権次入峠は素通りして、黒山に向かいます。この先でツツジの花を期待していたのですが、ミツバツツジはすでに散り落ち、ヤマツツジは赤いつぼみがまだ固そうでした。ただ、1本だけ、きれいな状態で咲き残っているミツバツツジの木がありました。チチブドウダンは未確認。黒山直下の登りで後を振り返ると、大きな棒ノ折山が望めました。逆コースで歩く人は、ここで励まされることでしょう。
黒山(842m)山頂にはだれもいませんでした。気温が高いので、脱水症の予防のために、小まめに水を飲みます。新緑は始まったばかりで、高水山と岩茸石山がまだよく見えました。ここから見る大岳山は均整が取れ、なかなかカッコいい姿です。
黒山は別名、「常盤山」とも言うそうです。そして黒山から小沢峠に伸びる尾根を「常盤尾根」、馬乗馬場(776m)あたりを「常盤峠」というらしいですが、その根拠があまり定かでないので、責任は持てません。でも常盤御前に由来する地名として、自由に想像を巡らせれば、少々長ったらしい「常盤尾根」を楽しく歩けるかもしれません。ツツジ、スミレ、ツバキなど季節の花を、義経の母がどんな思いで見つめたのでしょうか。
この「常盤尾根」は、5月11日開催の「成木の森トレイルラン」のルートの一部です。この日も、何人かのランナーが駆け抜けて行きました。広葉樹はあまりなく、ほとんどが杉や檜の林ばかりです。その暗がりの木漏れ日を拾って、スミレ類、ヒトリシズカなどが静かに咲いていました。堆積した落葉がクッションになって、足に優しいので、つい歩きながら考え事をしてしまいます。小沢峠から先では、そうは行きません。
長久保山から20分ほどのところに、明るい伐採地がありました。高水山と岩茸石山を間近に望めて、「常盤尾根」では貴重な展望地です。気持ちが好い場所なので、ここで小休止。でも暑い日は、この伐採地のすぐ上のベンチの方が涼しいでしょう。網フェンスの内側でヤマツツジが陽気に咲いていましたが、人が植えたものかも知れません。
伐採地のの先で小さな広葉樹林を抜けました。空を見上げると、緑のステンドグラスがきれいです。以後、長い話を短くすると、打出の小槌を掛けた祠、モミの巨樹群、香川さんという女性の遭難碑、椿の群生地などを経て、ようやく小沢峠に到着しました。
小沢峠からは、都県境尾根を忠実にたどることで、雲ノ峰を越えて大仁田山のすぐ近くまで行けるはずです。当然ながら地図とコンパスは必携ですが、自分の現在位置が正確に分からなければ、道間違いを犯す可能性があります。25000分の一地形図では、1mmが現場の25mに相当します。にせ尾根を弁別できないことがあるのは、たっぷりと経験済みです。では精度の高いGPSを携行すれば、絶対に道を間違えることはないのでしょうか? 私はやったことがないので分かりません。
小沢峠からの都県境尾根の南面に、林道(あるいは作業道)があります。しかし立ち木に白ペンキで、通行止めマークと「私有地」「作業道」の文字が書かれていました。また、同じ人が同じペンキで書いたと思われる、「安楽寺方面」と⇒マークが、都県境尾根の立ち木に記されていました。私は当たり前のように尾根道に進みましたが、右下に平坦な林道を見ながら歩くことになります。じきに尾根の鞍部でこの林道を横断し、同じ尾根の続きを登って行きました。
小沢峠から20分ほど来た頃、別の林道の終点に下り立ちました。現時点で、地理院地図と山と高原地図に示されていない道です。すぐ後に分かったことですが、この林道を進めば、久方峠まで地図なしでも行くことができたのです。しかし、山歩きを楽しみたい人は、都県境尾根を判別しながら歩くことでしょう。もちろん、非常時のエスケープルートとして、林道の存在を頭に入れておくのは悪くありません。
豊富な手作りの標識にも助けられ、都県境尾根上のルートがとても明瞭に思えてきました。ここで油断して、しばらく地図を見ずに歩いていたら、それまで歩いて来た尾根が突然終わってしまいました。そこは先ほどの林道が尾根を切りながら急カーブする部分でした。尾根がなくなったということは、現在地は都県境尾根ではない、ということです。山歩きの原則に従って、来た道を戻ろうかとも思いましたが、この林道がどこまで使えるかを知りたいとも思いました。
少し考えて、林道を歩いてみることにしました。法面を強引に下ります。といっても大した落差ではなく、簡単に林道に下り立ちました。左に進みます。林道は雲ノ峰と大仁田山の方向に向かって、緩やかな下り坂になっていました。その気になればいつでも林道から都県境尾根に上がれそうにも見えます。こうして、わずか5分ほどですが林道を歩いたら、左手の倒木に「久林峠」の文字と↑マークの書かれた、紙とプラスチックの札が吊り下げてありました。
喜んで、矢印の方向に斜面を登って行くと、2分ほど先で登山路に出ました。右は細田・安楽寺、左は小沢峠、現在地は久方峠となっています。都県境尾根に復帰できて一安心。これより先、細田までの登山路には、ずっと連続して明瞭な踏み跡がありました。
さて、久方峠から10分ほど登ると、雲ノ峰でした。木の板に、きれいな字で「雲ノ峰」と書かれています。これを作って掲げた人の、何か特別な思い入れでもあるのかもしれません。話は横道に逸れますが、子規門、河東碧梧桐(かわひがし へきごとう)の作品に、
雲の峰 稲穂のはしり
という一句があります。その昔、高校の現代国語の先生が、俳句の授業の中で教えてくれました。五七五になっていないので、今日まで鮮烈に印象付けられています。
さて、雲ノ峰を越えて進んで行くと、20分ほどで成木尾根を右に分けました。都県境尾根の最も東の部分です。その安楽寺までの長い尾根は、どんな道でしょうか。いつか、もし歩くとしたら、細田から入るのがいいだろうな、などと考えながら、細田方面に5分ほど進むと、[大仁田山←2分] と書かれていました。そして、きょう第二の目的地、大仁田山頂に到着。立派な石標とベンチ1基があります。東面に、わずかですが展望がありました。
山頂を後に、来た道を少し戻り、分岐点の道標が細田を指す方向に進みます。その先すぐに現れる小さな道標に、少し首をかしげながらも素直に従い左折し、右折、右折と進むと、送電鉄塔の下に出ました。竹林越しに、どこでしょうか、関東平野の一部を望めます。その先で孟宗竹の林を抜けると、舗装された車道に下り立ちました。大仁田山入口と書かれた木製の古びた標識が、岩の斜面に寄り掛かっていました。
私はここで地図を見ずに右折し、長い車道を歩いたのですが、左折すれば歩道を経由して黒指集落に下りられます。車道と歩道の出合まで下りて来て気づきました。何か見そびれたようで、もったいない気がします。そこからわずかに下ると、山の上の方まで民家が点在する黒指集落が見えてきました。感じのいい里なので、なるべくゆっくりと歩きます。バス停は、集落の外れにありました。待合室の「間野黒指停留所」と書かれた銘板は、古い鉄道駅のそれのような風格があります。
「成木一丁目四ツ角」でバスを降り、安楽寺に向かいます。10分ほど歩いて、家屋敷風の門前に来ました。杉の巨樹が三本立っています。門をくぐると、人の姿はありませんでしたが、静かな力を感じました。清浄美の境内で、本堂と大杉を交互に眺めます。大杉の最も大きいのは、樹高約37mという堂々たる姿で、ムクドリが出入りしていました。左手奥の水道で手と顔を洗わせていただき、裏庭を眺めていたら、本堂の裏からアナグマが出て来ました。
帰路は、「成木一丁目自治会館」から都バスに乗りました。東青梅駅で電車に乗り込むと、いつもの調子でたちまち瞼が重くなり、難なく無我(?)の境地に陥りました。
都バス[梅76乙 上成木→東青梅→河辺駅北口]は、この4月1日に廃止されました。[梅76甲 上成木→青梅駅→裏宿]は存続していますが、下山時に利用するのには不便です。
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