ノボリオイゾネは、奥多摩の前衛部、成木川と北小曽木川に挟まれた尾根です。稜線上の峰や峠には私製の標識がありますが、分岐点には何もありません。現在地の確認、地形図と現場地形の読みなど、山歩きの基本スキルが試されます。
都バス: 東青梅駅北口 ← 坂下
地理院地図: ノボリオイゾネ・夕倉山
ノボリオイゾネの天気: 青梅市 , 軍畑駅 , 成木
レポ: 成木尾根 , 三方山・オキジョウゴ
いつの日であったか、奥多摩にノボリオイゾネという、一風変わった名を持つ尾根があることを知りました。WEB上にはニホンカモシカの目撃という、興味をそそる情報もあります。そこでカモシカを見るなら、見通しの良くなる冬枯れの時季が好いと単純に考え、出かけてみました。果たしてカモシカと出遭えるでしょうか。でも、クマやイノシシとは出遭いたくありません。
JR軍畑駅で、5〜6名のハイカーが下車しましたが、平溝通りに向かったのは私だけでした。冬空の素晴しい晴天で、空気は冷えています。山のモミジはほとんど終ってしまったようでしたが、民家の庭にはまだ紅葉したモミジが見られました。平溝川のほとりでは、紅いモミジの葉が散り落ちて、せせらぎの石や岸辺の草を彩っていました。絵のようにきれいだとは、こういうのを言うのでしょう。しばし足を止めて鑑賞と撮影タイム。もしや、こうなるように意図してモミジの木を植えたのでしょうか。
平溝橋で右折して、榎峠に向かいます。青梅丘陵ハイキングコースの入口を右に見て、その先で道路が右にカーブすると、左手に高水山を指す簡素な標識がありました。地形図を見ると、ここから高水山に続く登山道は示されていませんが、633m峰(永栗ノ峰)の南東尾根を辿るのでしょうか。私はそのまま車道を北に下り、白岩上の橋(かみのはし)で左折して白岩の集落に進みました。山里の風景を見るのも、楽しみの一つです。
コンクリートの生活道路を10分ほど登ると、右手にクリーム色の架け橋があり、山の斜面には石垣で足下を固めた民家がいくつも見られました。玉仕立ての庭木が、赤、緑、赤、緑と交互に並んでいます。目にはのどかな風景ですが、豪雨で背後の山が崩れる心配はないのでしょうか。それより目を引いたのは、橋の下のバナナの木。きれいな緑色の葉をのびのびと広げ、太陽光を受け止めていましたが、耐寒性のバナナってあるのでしょうか。(後記:バナナではなく、バショウでした)
コンクリート道が山道に変わり、少し行くと登山道が右に分岐していました。素朴な道標があり、右の腕木に高水山と書かれています。この登山道を5分ほど登ると、成木七丁目分岐でした。朽ちて壊れかけた道標があり、その標柱に 「伏木峠」と書かれています。ここでリュックサックを下ろし、準備運動をして骨格を整えました。上着を1枚脱いで腰に巻き、出力アップの準備を完了。これよりなちゃぎり林道まで往復し、少し周辺を偵察してみるつもりです。(本記事中では、この分岐を "伏木峠" と記しました。)
"伏木峠" から西に、朝の空気が清々しいヒノキ林の道を登りました。その先に軽い急登があり、"伏木峠" から計15分ほどで、なちゃぎり林道に到着。林道を北に少し行くと東面が開けていて、多摩丘陵方面を見渡せました。眼下の白い鉄塔の先が、目指すノボリオイゾネでしょう。その向こうには成木尾根。両者はほぼ平行に南東方向へ延びています。はるか彼方には筑波山。そして東京スカイツリーに西武ドーム。ここでノボリオイゾネを俯瞰しておいたことが、後々役に立ちました。
ここまで来たついでに、永栗ノ峰(えいぐりのみね、えいぐりのうら)を表敬訪問します。なちゃぎり林道を少し南に歩いて、峰へ取り付きました。残念ながら山頂の展望はありませんでしたが、山頂から少し北に行くと、枝越しに奥武蔵の一部を望めました。この林道は、成木から高水山の常福院方面へと続いています。林道を戻る途中、南面の枝越しに大岳山、奥の院、日の出山などが望めました。林道が南東の尾根に張り出す部分には、「見晴し広場を経て榎峠」と書かれた板がありました。
"伏木峠" に戻って、成木七丁目方向に進み、「元祖伏木峠」を目指します。地理院地図では実線表示の道ですが、進んで行くほどに荒れ、廃道の趣に変わって行きました。松ノ木トンネルも、なちゃぎり林道もなかった時代には、大切な交通路だったのかもしれませんが、今は、ほとんど歩く人もいないのでしょう。ところが、元祖伏木峠も近くなった頃、道わきに茶の木がありました。かなりの株数があるところを見ると、この辺りは茶畑だったのではないでしょうか。
ふと、想いました。成木の住民は、かつて夏になるとこの山域で茶切り(茶切りバサミで茶葉を収穫すること)をしたのかも知れない。それで「夏茶切り」の記憶が「なちゃぎり林道」の名に残ったのではないかと。いや、「成木茶切り」が訛って「成茶切り」になったのかな。もちろん、私の空想に過ぎませんが、自由気ままに考えてみるのは楽しいものです。ところで「なちゃぎり」は漢字でどう書くのでしょうか。私はこの道を「ふしぎの道」と呼ぶことにしました。
"伏木峠" から15分ほどこのふしぎの道を歩いた頃、「元祖伏木峠」に至りました。とても小さな石の祠があります。「旧伏木峠」ではなく、「元祖伏木峠」というところが面白いです。ここでふしぎの道と分かれ、右手の急斜面に取り付きました。登りきれば、大指山(おおざすやま:455m)山頂です。
「大指山」と記された峰は二つありました。西の峰には「大指山」と書かれた立ち木があり、東の峰には「大指山」と書かれた紙がカードケースに入れて、立ち木の根元近くにくくり付けてありました。雰囲気としては東の峰の方が明るくて、枝越しに都県境の尾根が透けて見えます。
東の峰の東斜面は、なかなかの急降下でした。落葉が敷き詰められていて、足が滑りそうで気が抜けません。ロープもありましたが、かなり古びているので、体重を預け過ぎないほうがいいと思いました。でもありがたいことにモミやクヌギの木が助けてくれます。カヤの木もあり、モミに似ていますが、葉の先が鋭いのでチクチクします。
ところで、この斜面には、みごとな紅葉がありました。鮮やかな赤や朱色のモミジが今こそ見頃とばかり、絢爛豪華とはこのことでしょう。私の下手な言葉や、下手な写真ではとても表現できません。「すごい!これは秘密の庭園だ!」と思いました。
秘密の豪庭から10分ほどで、送電鉄塔の下にやって来ました。現在の(電子国土)地理院地図には、「ウォッちず」にはなかった送電線が示されています。おかげで鉄塔は現在地が正確に分かる重要なチェックポイントになります。作業員が乗る昇降機のようなものがありますが、上に延びるレールを見上げるとその高いこと、装置が一つ間違えば絶叫マシーンです。これに乗らなくても南方に展望があり、雷電山をはじめ、青梅丘陵ハイキングコースの稜線を望めます。
鉄塔から2分で松ノ木峠でした。左右から寂れた峠道を合わせ、その一角に馬頭観音像ほか全部で四体の石仏があります。往時は馬が荷車を引いてここに登って来たのでしょう。この松ノ木峠を直進して2〜3分ほど登ると、ノボリオイゾネの稜線に立ちました。「平成10年度 分収育林契約地」と書かれた白い看板が立っています。まず、その最北の峰である428m峰に行って見ました。
果たして、428m峰は北面が大きく開け、すばらしい展望台になっていました。都県境尾根の彼方の峰は有馬山でしょうか。正面には、丸くふっくらした500m峰、その右に雲ノ峰、大仁田山と続きます。下には成木街道が蛇行しながら、小沢峠の方向に上って行きます。やや強い風が吹いていましたが、ここの切り株の一つに腰を下ろし、大パノラマを眺めながら昼食にしました。とても贅沢な気分です。
これよりノボリオイゾネを縦走します。先ほどの白い看板を過ぎて、さらに5分ほど先、420m台のピーク上に祠の残骸のようなものがありました。ここから東に続く尾根に進むと、錆びたワイヤーの巻き束が放置されていました。この尾根は東に続いていますが、主稜線の歩行ルートはワイヤーの束から5分ほど進んだところで右に急降下します。斜面にはヤブツバキの若木のようなものが群生していました。その先、やせ尾根を少し歩きます。
381m峰の5分ほど先に、鉄の滑車のようなものがいくつか転がっていました。立ち木にくくりつけられたカードケース内に、「文化遺跡 旧石炭採掘場」と書かれています。「石灰」の間違いではないかとも思いましたが、「石炭」でしょうか。これを過ぎて、歩きやすい尾根道を2〜3分ほど進むと、茗荷峠(みょうがとうげ)にやって来ました。私製の名札と張り紙があり、旧い峠道が交差します。
ノボリオイゾネに、きちんとした道標は無いようです。私製の名札やカードケースはありますが、間違えそうな分岐点にはありません。テープやヒモは至る方向に付けられていて、どれが自分の目指す方向か、全くあてになりません。ただ、次の点はルート探しのヒントになるかもしれません。
381m峰から411mの夕倉山までは、幅広の歩きやすい尾根でした。茗荷峠から10分ほどでその夕倉山に到着。展望はありません。三等三角点のわきに、測量に使うような赤白の棒が立っていました。夕倉山は、名倉山とも言うそうです。漢字で書くとよく似ていますが、どちらかは書き間違えでしょうか。どうということもない場所だとは思いましたが、ここで小休止しました。
372m峰の北西約200mほどの地点に、もう一つ370m台の峰があります。ここは眺望がよく、あの428m峰で見た山並みに加え、ノボリオイゾネの一部も見えました。この峰から先に1分ほど下ると、送電線巡視路の標柱がありました。ここから北に延びる尾根もありますが、まだ時間があるので主尾根を進みます。するとすぐに送電鉄塔が見えてきました。そこが372m峰です。この鉄塔下には南面と北面に展望があり、北には成木尾根が、南には青梅丘陵ハイキングコースの稜線がよく望めました。双方に採石場が見えます。
さて、372m峰から2〜3分進むと、左に尾根道を分けます。赤テープもあったので、下山路として使えるかも知れないと思い、偵察してみました。でもすぐに潅木の藪となったので、深入りせずにあきらめて引き返しました。もし藪を厭わなければ、成木街道に下りられたでしょうか?
その先、ついに主尾根の終点かと思える峰にやって来ました。ここが319m峰でしょうか? だとすれば東面に採石場があるはずですが、見えません。でも下りられそうな尾根があったので、その中心を外さないように下って行きました。5〜6分急下降すると、平坦な歩きやすい道になりました。ところがさらに5分ほど進むと、そこはなんと断崖の上。15mくらいストンと切り落ちています。暗いときは注意しなくてはならないでしょう。巻き道を探すと、右側から簡単に下りられました。
断崖を下りて一安心。その先の道も歩きやすくて、知らず知らず油断していたのかもしれません。そのまま調子よく下って行ったら、モミの木に行き当たり、その先は藪になっていました。先ほどの潅木の藪とは異なり、小低木の密な藪です。もう人里が近かったので、そのまま突進し、両手で藪をかき分けて進みました。幸い藪漕ぎは6分ほどで終わり、山裾の小さな草地に下り立ちました。
この草地の端で、左から山道を合わせました。これが正しい登山道だったのかもしれません。どこかで道を間違えてしまったのです。ところで、ここはどこでしょうか? 民家の横を通り抜け、小川に架かる橋に来ると、自分が左岸に立っていることが分かりました。ということは、この川は北小曽木(きたおそき)川。橋の銘板は「蜆沢(えびさわ)二の橋」。地図を見ると、現在地は蜆沢院(けんたくいん)の近くで、この橋を渡った先がバス通りです。この時間帯にバスはありませんが、幸い主要路線の坂下バス停が遠くありませんでした。
次のバスが坂下に来るまで30分ほどあったので、北小曽木川沿いの道を赤仁田橋まで散策しました。川を挟んでこの道と並行している都道193号線は、採石場を出入りする大型ダンプカーがひっきりなしに驀進する怖い道です。
午後4時、有線放送のメロディーを聞きながら、のんびり坂下バス停に行きました。成木街道の「成木八丁目」交差点のすぐ近くです。4分遅れでやって来た、青梅車庫行きバスは空いていました。
きょうは、秘密の紅葉に驚嘆し、428m峰で美しいパノラマに感動し、最後に少々しくじったけれども、楽しい山歩きができました。カモシカとは出遭えなかったけれど、クマやイノシシとも出遭わなかったので、良しとしましょう。こうして満足と感謝と心地よい疲労を感じながら、東青梅駅に向かいました。
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