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伏馬田から青根へ(東海自然歩道)

菅井より望む、焼山~黍殻山~袖平山の稜線

菅井より望む、焼山~黍殻山~袖平山の稜線

東海自然歩道の石砂山~姫次の区間では、焼山を経由するルートと、菅井を経由するルートとがあります。

菅井ルートの菅井トンネル付近より、焼山ルートの丹沢主脈稜線を雄大に望むことができます。(左の写真)

バス停 神奈中バス: 橋本駅 → 三ケ木(乗り換え)
バス停 神奈中バス: 三ケ木 → 伏馬田入口 登山口
バス停 神奈中バス: 三ケ木 ← 平丸 登山口
バス停 神奈中バス: 橋本駅 ← 三ケ木(乗り換え)

地図 地理院地図: 伏馬田城跡 , 天神峠

天気 石砂山の天気: 相模原市緑区 , 青根


コース & タイム 鉄道駅 橋本駅 バス停 6:53 == 7:31 三ケ木 バス停 7:40 == 8:01 伏馬田入口 8:02 --- 8:15 亀見橋 8:19 --- 8:48 石砂山分岐 8:48 --- 9:32 伏馬田城跡 9:49 --- 10:03 仁の丘農園 10:10 --- 10:23 経塚 10:48 --- 11:03 菅井(P521への道探し)11:41 ---11:51 峰山分岐 11:51 --- 12:32 天神峠 12:42 --- 13:02 600m峰 13:11 --- 13:29 天神峠 13:29 --- 14:07 大川原橋 14:10 --- 14:29 青根信号 14:29 --- 14:50 道志ダム 15:05 --- 15:09 青根緑の休暇村 15:21 --- 15:50 平丸バス停 バス停 16:11 == 16:40 三ケ木 バス停 16:40 == 17:18 橋本駅 鉄道駅
※歩行時間には道草と写真撮影の時間が多く含まれています。
伏馬田城跡 ふすまだじょうせき:標高 536m 単独 2018年11月20日 全7時間48分  満足度:❀❀❀ ホネオレ度:❢❢

11月20日、伏馬田(ふすまだ)入口から青根にかけて、東海自然歩道を歩いてきました。紅葉を楽しみながら、道志川北岸のいくつかの低山に登頂し、最後に道志ダムを見学するというプランです。注意点として、去る9月30日に襲来した、台風24号による土砂崩れにより、国道413号(道志みち)の一部が通行止めになりました。現在バスは、平丸~月夜野間で運休となっています。そのため歩行距離が長くなり、最後はいやしの湯から平丸まで、旧い遊歩道を歩きました。

伏馬田入口から道志川へ

相模原市緑区の天気予報は、終日「晴れ」だったのですが、あいにくの曇天。「晴れ」と言うためには、空の半球面積の20%以上が晴れていなければなりませんが、印象としては10%未満。これではせっかくの紅葉も、くすんだ色にしか見えないでしょうが、「行けるときに行くべき」ということで、決行しました。紅葉の輝きは、想像して楽しむことにします。橋本駅でバスに乗ると、一日乗車券を買いました。PASMO/SUICAに入力される、電子乗車券です。1,030円也。

三ケ木で乗った「月夜野」行き表示のバス車内では、「平丸止まり」だということを何度もアナウンスしていました。伏馬田入口で私一人が下車。バス停のすぐ近くに、見慣れた東海自然歩道の道標があり、これを見て「石砂山」方面(北)に進みます。直後に国道を横断した後は、土の香りのする畑地を左右に見る、のどかな里道でした。ハイキングコースとしては、素敵なすべり出しです。ところが、道が林に入ると、不法投棄物がたくさん見られました。残念です。

道志川に架かる亀見橋が見えてきました。そのたもとに「沿革」の石碑があるので読んで行きましょう。かつては、猿橋のような木橋だったとのこと。人々の思いが両岸から伸びて行き、中央でつながった瞬間が目に浮かびます。人々は大きな歓声を上げたことでしょう。現在は鉄筋コンクリートの美しいアーチ橋。橋の上からはアーチが見えませんが、渡り終えて振り返ると、なかなかの壮観です。橋の中ほどからは、道志川の深緑色の流れと、沿岸の紅葉を見下ろせました。

伏馬田集落から紅葉の山へ

伏馬田の集落に入ると、再び東海自然歩道の道標があり、坂道を2回鋭く折れて、コンクリート道を登ります。きょうは、最初から最後まで東海自然歩道の道標に案内されるので、道を間違える心配はまずありません。この道に、ギフチョウの採集が禁じられていることを告げる注意書きが立っていました。今はギフチョウが飛ぶ季節ではありませんが、卵、幼虫、蛹も含めての規制なので、一年を通して意味のある看板です。その先しばらく、石畳の道が続いていました。

石畳の道を登り詰めた先に庚申塔があり、気が付けば落ち葉を踏みながら歩いていました。右手に石砂山の双耳峰が見えるのですが、木々の枝葉が繁っているので、スッキリとは望めません。庚申塔から10分ほどで、東海自然歩道の分岐点にやって来ました。右は石砂山、左は菅井方面です。東丹沢登山詳細図に記されたアザミ平というのは、この辺りでしょうか? ここで私は菅井方面(西)に向かいます。紅葉と黄葉のきれいな道になりました。日が差さないかなあ!

ここから菅井までの区間は、5年前の春に歩いたことがあるのですが、思い出せたものは何もありませんでした。左手には、木々の枝を透かして伏馬田城山(仮称)が見え、右手のゴルフ場の向うには、石砂山西峰の北稜を望めます。いずれも、なかなかスッキリとは望めません。長い笹尾根の一部を望めるところがあり、雲の隙間から落ちた光が、一部分だけを明るく照らしていました。ここはしばらく平坦な道が続きます。ほどなく伏馬田城跡への分岐点が見えてきました。

伏馬田城跡から仁の丘へ

伏馬田城跡は、先回行ったとき、城跡の説明が一切なく、どこに何があったのか、さっぱり分かりませんでした。あれから5年、何か変ったかもしれないと思って行ったのですが、何も変っていませんでした。せっかく来たので、「咢堂桜」の説明板をきれいにしてやろうと、湿らせたティッシュで板面を何度か拭きました。でも、油性の汚れは落ちません。また来る機会があれば、汚れ落としの洗剤を持ってこようと思います。ここは展望の利かない、地味な城山です。

伏馬田城跡の山頂から左に階段を下り、「仁の丘農園」のわきに出ました。立派な東屋と休憩所があり、焼山から袖平山までの稜線を一望できます。農園自体も絵のような造りなので、休憩するのなら、山頂よりもここがお奨めです。春には桜もきれいに咲くでしょう。道志川に向かって右手前に見えるピラミッド形の山が、次に目指す521m峰です。その山名は分かりませんが、伏馬田城山と舟山の間にあり、国道413号からは、これら三山が三兄弟のように見えます。

菅井の集落には、たくさんの名所旧跡があります。その一つ「経塚」を撮影しようとしていたら、地元の男性に声をかけられました。その方は、尾崎城(伏馬田城)にまつわる遺物・遺跡の保存に熱心な方で、北条・武田の激戦で亡くなった人々の慰霊碑の建立にも尽力されたそうです。話したいことが山ほどありそうな方でしたが、とりわけ伏馬田城跡を、かつての城砦のように見晴らしの利く場所にしたいと、熱心に語られました。私も陰ながら応援したいと思います。

2峰の登頂を断念

521m峰へは、菅井隧道を通って行くのが近道だと思ったのですが、そのトンネル内に歩道がありません。そこでトンネルの上の峠を越えることにしました。東海自然歩道を歩いて、[峰山・青根] 方面に進みます。そして峠に立つと、素晴らしいパノラマが出現しました。山と高原地図「丹沢」に、「丹沢山塊の展望よい」と書かれた場所です。藤野駅ホームからも見えますが、焼山から袖平山へと続く稜線を、最も雄大に眺められるのはここでしょう。山上畑の賜物です。

菅井隧道の南側に下り立ち、521m峰の取り付きを探しました。林道、参道、山道、踏み跡、何でもよいのですが、30分ほど探した末、断念しました。地理院地図には、最奥の小集落に至る道が記されていますが、それは通り抜けできない道。行けば不審者と思われるかもしれず、かなり勇気が要ります。犬に激しく吠えられるかもしれません。何しに来たかと問われたら、何と答えましょうか? 私がその521m峰に登りたい理由は、「そこに山があるから」だけなのです。

菅井の峠に戻り、[峰山・青根] 方面へと東海自然歩道を気楽に歩いて行きました。すぐに峰山への道を右に分けます。その先も、遊歩道のようによく整備された道が続いたのですが、やがて倒木が目立つようになりました。501m峰と587m峰(舟山)の鞍部で、綱子方面への踏み跡を右に分けます。ここから先、東海自然歩道が舟山の北面を巻く区間には、おびただしい倒木がありました。9月30日の台風24号による爪痕です。舟山登頂も、きっぱりとやめることにしました。

600m峰を踏んで、青根へ

倒木帯を無事に通り抜け、天神峠に到着しました。ここは舗装された林道が通っています。東海自然歩道はその林道を南へ下り、青根まで2.7kmとなっています。私はここまで来たので、平野峠へのルートを少しだけでも偵察しておくことにしました。大川原山(677m)への取り付き点を探します。さすがに登山道はありませんでしたが、踏み跡はすぐに見つかりました。木の枝を拾ってストックの代用とし、やや急な斜面を登って行きます。俄然、楽しくなりました。

その先の踏み跡はずっと明瞭でした。この稜線は、よく歩かれているのでしょう。幾つ目かの小峰に、美しい黄葉のモミジが立っていました。地理院地図に記されている600m地点です。その先も起伏の緩やかな稜線が続いているのを見て、偵察はここまでとしました。天神峠に戻り、青根に向かって長い林道を歩きます。この林道は展望もなく、ひたすら我慢の道。大川原に近づくと、モダンな青根中学校の校舎や上野田大橋が見えるようになり、ようやくほっとしました。

大川原橋から見下ろす道志川は、宝石のように透明感のある緑色でした。水神橋から左に山を登る遊歩道のような階段がありましたが、上野田大橋への近道だったのかも知れません。自信がなかったので、私は「このまさわキャンプ場」まで大回りをして、国道に上がりました。旧道を右に分け、上野田大橋を渡ると、道志川の北岸に、大川原山のなだらかな稜線をよく望めました。いつか峰山から歩いてみたいと思います。ほどなく、青根の交差点が見えてきました。

道志ダムを経て、平丸へ

現在、国道413号は、青根交差点~平丸バス停間で通行止めです。西から来た車は、青根交差点で左折し、県道76号に進みます。私も歩いて、道志ダムに行きました。ダムに着いたときは、まだ午後3時前でしたが、すでに日は落ちて、紅葉も眠ったような色でした。しかし、昭和30年竣工の道志ダムは準レトロ調の装いで、小規模ながらも、古典建造物のような風格を感じました。ただ、発電力量が一般家庭77軒分というのですから、規模としては可愛らしいものです。

さて、帰りのバスの時刻が近づいてきました。平丸バス停へは、道志ダムに隣接する「青根緑の休暇村」を通り抜け、「痛恨の碑」の前から、すでに賞味期限の切れた「遊歩道」を登ります。普通の下山では、バス停へと下るのですが、ここでは上るのが面白いところ。途中で通過する市道は復旧工事中ですが、工事完了後は国道413号の臨時バイパスとして使うそうです。ようやく国道まで歩いて上ると、通行止めバリヤの向うで、三ケ木行きのバスが待っていました。

今回の山歩きでは、低山「三兄弟」のうちの二つに登れませんでした。でも東海自然歩道を歩いてみて、部分的ではあるものの、道志川北岸の山域に親しくなれたように思います。温泉もいくつかあるので、今回の経験を入門編として、いろいろな応用プランを考えたら楽しみが広がりそうです。

付記 国道413号(道志みち)の通行止めが解除され、バスが通常の運行に戻れば、平日に限り、次のように「やまなみ温泉」行きバスを利用して、道志ダムに往復することが可能です。道志ダムは、奥相模湖バス停から徒歩1分です。
東野 15:19 == 15:23 奥相模湖 15:49 == 15:58 東野 16:05 == 16:42 三ケ木

「沢水枯渇」について

青根の「痛恨の碑」には、「沢水枯渇」「千万の命と枯れし伝来の青根の里の清らなる水」と刻まれています。道志導水路が掘られ、奥相模湖の水を宮ヶ瀬湖に送るようになったことで、青根の沢水が枯渇するようになったとのことです。そう言えば、今回私が見たときの奥相模湖は、豊かな水を湛えた相模湖とは異なり、ダムのすぐ上流側の河川敷が干潟のように露出していました。このような流域変更による「沢水枯渇」の例は、全国各地にあるのかも知れません。

山からの沢水は、目に見える地表の流れだけでなく、地下をも流れています。道志導水路の運用により、奥相模湖の水位が下がることで、青根の地下水の流れがより早く抜けて行き、地上の流れが伏流化したのかなと思います。私の素人推理なので、間違っているかも知れません。「沢水枯渇」の仕組みはともかく、私自身も、大都会の「千万の命」の一人として、この碑に刻まれた言葉を胸に刻んでおきたいと思います。

木の葉ライン

↓ 紙芝居



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