栂立(つがだち)尾根には、登山道や道標がなく、冬季以外は展望もほとんどありません。一方、特に危険個所もないので、道迷いさえしなければ、豊かな自然林にふれることができます。
⇒ 金冷シより望む栂立尾根 ⇒ 鍋嵐北尾根より望む栂立尾根
神奈中バス: 本厚木駅 → 宮ヶ瀬 神奈中バス: 本厚木駅 ← 宮の平
地理院地図: 栂立ノ頭
栂立尾根の天気: 清川村 , 宮ヶ瀬
レポ: 栂立ノ頭 (スノーハイク)
5月21日(土)、カラリとよく晴れた日、宮ヶ瀬湖畔から栂立尾根を歩いてきました。登山道のない、自然林の豊かな、秘境めいた尾根です。ツガ、モミ、ブナ、カエデ類など、樹木の自由気ままな姿。シロヤシオとウツギ類に代表される、白い清楚な花。鳥の声と自分の足音しか聞こえない静寂の山。そしてようやく見つけた秘密の花園。場所は、もちろん秘密です。
バスの終点、宮ヶ瀬では登山姿の5名が降りましたが、早戸川林道に向かったのは私だけでした。去る1月に栂立ノ頭まで行ったとき、現地調達した杖を林道わきに置いてきましたが、懐かしや、まだ同じ場所にありました。雪山で私を支えてくれた頑丈な杖を再び手にし、今回も下山するまで使うことにします。早戸川林道には、早朝から野鳥を撮影する人々がいました。皆さん、黒いバズーカ砲のようなカメラを抱えているので、すぐに見分けられます。
今しがたオオルリを撮影したという男性が、写真を見せてくれました。高い木の上にいた鳥を狙い、望遠ズームを目いっぱい使ってのショットです。高尾山では10~20mほどの至近距離でオオルリに遭遇することが、さほどまれではありませんが、ここでそんなことは奇跡に近いとのことでした。私の方は、もっぱら花の近接撮影です。ノイバラ、ヤブデマリなど、季節の白い花が多く見られました。その後も各種の白い花との出遭いが、終日続くことになります。
この日出遭った、主な花です。(五十音順)
金沢橋(かねざわばし)を渡ると、そこが栂立尾根の取り付きです。よく目立つ赤テープがありました。ここでリュックを下ろし、準備運動をします。右ひざに傷を閉じるテープを貼っているので、深くは曲げられません。その代わり、ストレッチを念入りに行いました。熊鈴をつけ、ヒル除けスプレーを両足に噴霧し、〇〇〇を撃って、準備万端です。頼もしい杖を手に取り、いざ出発!
登り始めに小ヤブがありますが、これはすぐに終わります。新しい色々な目印テープが、立ち木に巻かれていました。次いで、やや荒れた感じの踏み跡をトラバース気味に登って、あっさりと栂立尾根に乗ります。あとはひたすら、清川村と相模原市の境界尾根を辿るだけ、と言えば簡単そうですが、まもなく尾根上に鹿柵(植生保護柵)が現れ、悩ましくも延々と続きます。その右を歩くか、左を歩くかを適宜判断し、脚立で越えるか、破れ目を潜り抜けねばなりません。
楽しみと言えば、人気の山ではかなり希少な植物が、少しばかり遠方まで左右に気を付けていれば、目に入ってくることです。視力と認識力が必要なことは、言うまでもありません。具体的な記述は差し控えますが、それだけ栂立尾根を歩く人が限られているということなのでしょう。なお今回私は、しばしば尾根すじから離れてあれこれと探索したので、上に記した歩行時間は、通常よりもやや長くなっています。
栂立尾根には、登山中に当面の目標となる小ピークが、ほどよい間隔で配置されています。まず最初の目標は、532mのタロベエ峰。ただし、タロベエ峰自体にはこれといったものがないので、すぐ手前の送電鉄塔32号の敷地が、よい休憩地になります。栂立尾根では唯一の緑草地で、ヤマビルの心配もなさそう。私は鉄塔のコンクリート台に腰を下ろし、熊蜂を横目に水分補給をしました。北方に展望があり、仙洞寺山、南山、宮ヶ瀬湖、虹の大橋などを望めます。
タロベエ峰で鹿柵を越え、細尾根を下ります。鞍部手前で次の鹿柵を越え、登り返しでもう一度越えると、尾根が広くなります。冬に歩いたときは、明るいすてきな雪原でしたが、すでに木々の葉が濃く繁り、イメージがすっかり変わっていました。この幅広の尾根を抜けると、ツガやモミが増えてきます。やがて尾根道が左方向へ転じ、私が「並木通り」と呼ぶ、短いけれども感じのよい尾根を散歩します。ほぼ真南に進んで、一登りすると、六百沢ノ頭に到着です。
六百沢ノ頭では、鹿柵を越えるか越えないかで思案し、越えずに右側を歩いたのですが、どちらでも同じでした。次の鞍部で鹿柵のT字路に突き当たります。ここで脚立を越え、正面に登り返します。右手の樹木のわずかな隙間に、焼山や奥多摩が垣間見えました。また鹿扉を通過します。やがて右に魅力的な落葉樹林が現れますが、先回に倣って左の暗い方に進みました。そこから急登になります。途中で岩を巻き、もう少しだけ頑張ると、最後の脚立が現れました。
最後の脚立を越え、栂立ノ頭に立ちました。栂立尾根のほぼ中間点です。山名標はありません。でもその名のごとく、ツガの木がたくさん見られます。ツガとよく似たウラジロモミもありますが、葉の基部に丸みのあるなしで簡単に見分けられます。私には思い出のある峰なので、小休止し、水分と行動食を摂りました。きょうは花の探索に時間を要するので、昼食は持参せず、行動食と飲み物だけを携行しています。省エネモードの登山なので、まだ疲労感はありません。
栂立ノ頭で、鹿柵は終わりです。解放された気分で、生き生きと緑いっぱいの混合林を登って行きました。木々の姿には、人間を思わせるような面白い造形があります。ブナは単独でもそれぞれに個性的。異種の木が入り組んで1本の木のように立っていることも珍しくありません。腐葉土の地面は柔らかく、足にやさしいのですが、下草がほとんど見られないのはどうしてでしょうか。日当たりはほどほどにあるので、梅雨入りすれば様変わりするかもしれません。
右から尾根を合わせると、すぐに1043m峰のはずです。それらしい場所で標識を探しましたが、何もありませんでした。これは鐘沢ノ頭でも同じで、地図で見当をつけ、写真を撮りました。個性的な巨樹が多い中で、特に印象的だったのは、1150m付近にあったウラジロモミです。横綱級の巨体に加え、下から見上げた姿には、仁王のような力強さと、千手観音のような威厳を感じました。地表にはマルバダケブキやアザミなども現れ、深山らしい雰囲気になっています。
来る途中、左手に高く見えていた本間ノ頭が、いつの間にか低くなっていました。進路に現れたトラロープを跨ぎます。地面には [← 丹沢観光センター 本間ノ頭 →] と書かれた、古い標識が放置されていました。本間ノ頭北尾根との出合です。本間ノ頭までは残り500mほど。ここに来てようやく、地面にシロヤシオの花が散らばっていました。見上げると、うれしや、まだ木に咲いています。花数は多くありませんが、たとえ1輪でも可愛らしいシロヤシオ。五つ葉も素敵です。
本間ノ頭では、何人かが休憩していました。宮ヶ瀬を発って以来、初めて見る登山者です。シロヤシオの咲き具合いを尋ねると、瀬戸沢ノ頭あたりから、紅白ともずっと満開だったとのこと。リュックを下ろし、カメラだけ持って、円山木ノ頭の方向に行くと…ありました、ありました。びっしりと咲いた、真っ白な花、花、花!さすがは丹沢三峰、見事です。栂立尾根が可哀そうなくらい。でも、話は前後しますが、栂立尾根では「秘密の花園」を見つけてきました。
シロヤシオの下で出会ったご夫妻によると、登って来られた天王寺尾根では、シロヤシオがあまり咲いていなかったそうです。後に、この方のヤマレコ記録を拝見すると、丹沢三峰で撮られた、シロヤシオとトウゴクミツバツツジの、美しい満開写真がありました。報われて、本当によかったですね。私は宮ヶ瀬に下りる計画なので、名残りを惜しみながらも、下山の途に就きました。体力を温存し、できれば途中でヤマシャクヤクの自生地もチェックしたいからです。
丹沢のヤマシャクヤクは、急速に見られなくなってきていると言われます。ヤマシャクヤクには毒があるらしく、シカは食べないようなので、人間が盗ってしまうのでしょう。何とか、効果的な保護の方法はないものでしょうか。環境省RLカテゴリーでは、準絶滅危惧となっています。ヤマシャクヤクはともかくとして、丹沢に多い鹿柵(植生保護柵)は、多くの希少植物を保護するもので、大切にしなければなりません。本来的に、登山者の都合とは関係のないものです。
宮ヶ瀬への長い、長い、下山路。お楽しみは、金冷シで栂立尾根を望めることくらいでしょうか。でも一般登山道に、ササバギンランとギンランとが見られたのは、うれしいことでした。そっとしておきましょう。ところで、844m峰北面の巻き道に、「落石注意」の新しい注意書きが張られていました。「死亡事故がありました」と書かれています。右の斜面を見上げると、確かに転がり落ちてもおかしくなさそうな大小の岩がたくさんありました。
最後は無限ループのように、同じような景色を繰り返し見ながら、我慢の道を下ります。宮ヶ瀬までの距離がなかなか縮まりません。冬ならば真っ暗になる午後5時18分、長かった探索山行をようやく終え、県道70号に下り立ちました。宮の平バス停に向かいます。屋根とベンチ付きの待合所に腰を下ろすと、残ったお茶を飲み干しました。参考までに、本日の飲料消費は1.5リットル、ヤマビルの目撃は無し。見たかった花をしっかりと見れて、すばらしい一日でした。
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エビネとヤマシャクヤクは、時系列外です。Exif 情報は削除してあります。