鷹ノ巣山は、奥多摩のほぼ中央に位置しています。山頂からの展望、入下山ルートの多彩さ、爽快な石尾根歩きなど、素晴らしい魅力に満ちています。
空気の澄んだ季節に登れば、美しい富士山や南アルプスが望め、忘れられない思い出になることでしょう。
西東京バス: 奥多摩駅 → 中日原 西東京バス: 奥多摩駅 ← 奥多摩湖
地理院地図: 鷹ノ巣山
鷹ノ巣山の天気: 東京都奥多摩町 , 中日原
7月11日、梅雨明け3日目の好天日、奥多摩の鷹ノ巣山に登りました。山頂では富士山や南アルプスこそ雲に隠れて見えませんでしたが、奥多摩各方面と大菩薩連嶺の素晴らしい展望に恵まれました。奥多摩湖への下山まですべて順調だったのですが、最後に思わぬアクシデントが.....
奥多摩駅午前8時10分発の鍾乳洞行きのバスに乗り、中日原(なかにっぱら)で下車。同時に下車したのは、私を含め、4名でした。単独行の男性3名と女性1名です。バス停前の「万寿の泉」で手と顔を洗い、力水のつもりでのどを潤します。準備運動のストレッチをしていたら、商店のおばさんが「鷹ノ巣山の登山口は、あの先の電柱のところですよ」と教えてくれました。
登山口に進むと、左前方に本当に稲むらを立てたような形の岩山が歓迎塔のように立っています。さほど遠いようには見えませんが、登山口から一旦深い谷を降りて、日原川を渡らなければなりません。もったいないと思いながら下って行きます。下りきったところで「巳の戸橋」を渡ると、いよいよ急登の始まりです。体が慣れるまで、ゆっくりと登って行きます。
巳ノ戸沢は、時おり涼しいそよ風が吹くものの無風に近く、たちまち汗で全身がぐしょぐしょになってきました。途中に小さな滝つぼがあったので、冷たい水を両手で掬って飲み、体を拭い、下着を洗ってリュックの後ろに吊るしました。因みに、私が持参した飲みものは、1.8リットル。内訳はスポーツドリンク、麦茶、緑茶が各々500ml。水道水が300mlです。
その後も急登が続き、しかもほとんど無風。汗が滝のように流れます。稲村岩の鞍部に到着したときは、やれやれと思いました。話のついでですが、南アルプス南部に「ヤレヤレ峠」という場所があります。
同じバスに乗ってきた方の話では、稲村岩の頂上までは15分位の道程のようですが、夏場は薮が茂って歩きにくいそうです。私は近くの岩の上に咲いていたヤマボウシの花だけ撮影して、鷹ノ巣山に向かいました。
山頂まで続く稲村岩尾根は特に名だたる通過ポイントがなく、道標もほとんどありません。夏場は樹木の葉が繁っているので、景観もありません。相変わらず無風の登山道。ブナ林にセミの声とカエルの声だけが賑やかに聞こえます。スズメバチに似た大きなアブがひっきりなしにブーン、ブーンと付きまとってきます。もうここは、ただひたすら我慢しながら登って行くのみ。
稲村岩の鞍部から「ヒルメシクイノタワ」まで、2時間近くもかかってしまいました。もう二度と夏にはこの尾根を登らないぞと思いながら、ここで行動食の豆大福を食べます。ヒルメシクイノタワからは、鷹ノ巣山頂が目の前に見えています。眼と腹が喜んで、じわじわっと元気が出てきました。
12時24分、予定よりやや遅れて鷹ノ巣山頂に到着。そこには期待どおりの素晴らしいパノラマが開けていました。ここまでの苦しい時間をすべて忘れさせて余りある感動です。この湿気の高い季節、残念ながら遠い富士山や南アルプスは雲に隠れて見えませんが、周辺の山々を眺めるには申し分ありません。
名前を挙げてゆくと、右から大菩薩嶺、小金沢連嶺、雁ヶ腹摺山、三頭山、御前山、大岳山、ほか、懐かしい山々がずらり。石尾根縦走路を少しだけ西に下ると、日蔭名栗山、高丸山、七ッ石山を経て雲取山までが「お出で、お出で!」と招いているのが見えます。北方の展望はブナなど木々の切れ目から、堂々とした長沢背稜の山々を望めます。
楽園のような鷹ノ巣山頂ですが、登山者は私の他に男女各1名ずつしかいませんでした。その二人もそれぞれに石尾根縦走路を東に向かって行ってしまいました。私も一休みしましたが、あまりゆっくりとしてはいられません。平日はバスが少ないのです。セルフタイマーで自己撮影をすると、リュックを閉じ、靴の紐を締めなおしました。
もっと居たかったな、と思いながら鷹ノ巣山頂を後にしました。これより石尾根縦走路を東に向かい、六ッ石山を目指します。この縦走路は防火線にもなっていて、樹木が幅広く切り払われているので、眺望が抜群です。正面に御前山、その左に大岳山などを見ながら、気分よくどんどん下って行きます。土が適度に湿っていて、足裏への感触がやさしく、しかも滑りにくい土なので、自ずとスピードが出てしまいます。
やがて傾斜が緩やかになってきました。まだ残っていたヤマツツジの赤い花が、青い空、白い雲、緑の山にアクセントを添えています。鷹のような鳥が数羽、空中から急降下しています。明るい縦走路にはフキがたくさん生えていますが、山野草はあまり見当たりません。鹿による食害らしいのですが、残念なことです。再び上り道になり、ふと振り返ると、緑の鷹ノ巣山が丸く可愛く見えました。とても気持ちの良い縦走路です。
榧ノ木(かやのき)尾根への道を右に分け、起伏のなだらかな縦走路を真っ直ぐに進んで行きます。大きなブナ(たぶん)の木の生えている小ピークを通り越し、地図に城山と記されているあたり、右に急下降するようになります。その先でもう一つの縦走路を右から合わせ、なおも進むと、将門馬場(まさかどばんば)近くに、ノイバラが白い花をたくさんつけていました。花の少ない縦走路で、行き交う多くの登山者を慰めていることでしょう。
六ッ石山の北側を巻きながら緩やかに登り、六ッ石分岐で右折します。この分岐から3分ほど登ったら、六ッ石山の頂上でした。明るく開けた気持ちの良い山頂ですが、どこからか運んできたような石がごろごろと置かれています。「石尾根」とはいえ、何だかおかしいような気がします。その石の一つにヒオドシチョウがやって来て止まりました。この山頂の番人のようです。
奥多摩湖15時32分発の奥多摩駅行きバスに乗る予定なので、あまりのんびりとはしていられません。バスは1時間に1本程度しかないのです。14時5分、鷹ノ巣山と石尾根に別れを告げて、南に伸びる尾根を下ります。この尾根も歩きやすく、自分の好きな歩幅と好きなスピードで、ぐんぐんと快適に下って行けます。正面に御前山が見えてきました。
トオノクボで右折すると、普通の登山道になりました。急傾斜ですが、荒れていないので、すいすいと下って行けます。やがて樹間に奥多摩湖の湖水が見え隠れするようになり、民家の脇を通り抜けると「奥多摩むかし道」に合わさります。車道からは奥多摩湖とその向こうに立つ月夜見山を、ほどよい高さから眺めることができました。
15時28分、奥多摩湖畔に到着。バスの時刻に合わせて飛ばしてきたので、喉が渇きました。きょう携えてきた1.8リットルの飲み物が、あと0.3リットルほど残っています。これをゆっくり飲む間もなく、バスがやって来ました。乗ったのは私だけです。15時32分、定時に発車。ここまではすべて順調でした。
バスは奥多摩駅終点までにさらに3人の客を乗せました。これでは全く不採算ですが、夏山シーズン直前の閑散期なのでしょう。湖から駅まで15分ほどでした。
奥多摩駅舎内にはベンチや椅子がありません。駅の入口に立って電車を待ちます。ここでアイスクリームを食べたくなり、近くの店でアイスモナカを買いました。これをペロリと食べると、入線していた折り返し青梅行きに乗車。電車内はガラガラで、こちらも不採算でしょうか。16時13分、わずかな客を乗せて発車。後ろに流れて行く奥多摩の景色を、私はしばらく車窓から楽しんでいました。
15分ほど経った頃、胃がむかついてきました。車内冷房もよく効いていて、汗で湿った背中がぞくぞくしてきました。ついに胃の中身が込み上げて来た.....のを必死にこらえます。そして再び.....もうこらえられません。次の駅で降りようと決めました。でも...ううっ...なかなか駅に着きません。ようやく電車が止まってくれたのは、御嶽駅でした。
駅員さんに訳を話して、トイレに直行。嘔吐しそな気がしたのですが、何も出てきません。体の汗を拭き、乾いた下着に着替えます。トイレを出て、駅の待合室の椅子に腰を下ろし、かがみ込みました。体を起こすと激しくむかつくので、ひざに胸をつけてじっとうずくまって我慢。駅員さんが心配そうに見ていたことでしょう。
1時間半ほどそうしているうちに、少しだけ楽になってきました。今まで一度も飲んだことのない「赤玉はら薬」をリュックから取り出し、自販機でミネラルウォーターを買って、何とか胃に入れました。家族に電話して、先に食事をするようにと伝えます。幸いなことに、うずくまりながらも少しずつむかつきが収まってくるようです。胃がおかしくなり始めて2時間が経過しようとしていた頃になって、ようやく再び電車に乗る決心ができました。
改札を通るとき、駅員さんに礼を言ったら、「また困ったら、どこの駅でも降りてくださって構いませんから」と親切に言ってくれました。私の顔色がまだ悪かったのでしょう。ホームに昇る階段は、20段ほどあったでしょうか。足腰に力が入らず、ホームがとても遠く思えました。登山は、無事に帰宅して完了なのです。きょうの山はまだ終わっていません。一段ずつゆっくり、ゆっくり上って行きました。
ホームに立つと、時刻表どおりに青梅行きの電車が来ました。ドアの横のボタンを押し、ガラガラに空いた電車に乗り込みます。こうして、思い出深くなってしまった御嶽駅を後にしました。幸い、車内ではどんどん元気が回復して行きました。計画より2時間遅れたものの無事帰宅。心配顔で私を待っていた家族とともに、普通に夕食をいただくことができました。
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