丹沢の長尾尾根には、なだらかでゆったりとしたブナの林があります。北に丹沢山と丹沢三峰を、南に大山と表尾根を望むことができます。
長尾尾根を歩く人は、表尾根に比べてずっと少なく、とても静かです。特に危険な箇所や、迷いそうな場所もありません。
神奈中バス:秦野駅 → ヤビツ峠(終点) 神奈中バス:渋沢駅 ← 大倉
地理院地図: 長尾尾根 1202m
天気予報: 丹沢山 , 秦野市 , ヤビツ峠 , 大倉
レポ: 初夏の長尾尾根
11月5日、丹沢の長尾尾根を歩いてきました。アプローチの時間を短縮するため、門戸口から札掛(ふだかけ)まで、県道70号をスロージョギングで駆け下りました。そして長尾尾根では、制限時間いっぱいまで、ゆっくりと、紅葉のブナ林を満喫して来ました。
昨年の今頃、長尾尾根に行くつもりで乗った小田急電車が遅延して、ヤビツ峠行きのバスに乗り遅れました。その日は行く先を鍋割山に変更。以後ずっと長尾尾根に行く機会を伺っていたのですが、ちょうど1年が経ってしまいました。「山は逃げない」と言いますが、山に登る機会はしばしば逃げるようです。今度こそはとゆとりを持って、秦野駅のヤビツ峠行きバス乗り場に30分前に行ったら、すでに24人が並んでいました。その後も待ち行列はどんどん長くなり、臨時便が1台増発されました。登山姿の乗客の中で、私だけがスニーカーを履いています。
ヤビツ峠で登山者カードを書いて提出し、そのまま沢沿いの道を抜けて門戸口へ行きました。やや荒れた谷すじに、シカが食べないマツカゼソウが、まだ青々と繁っていました。門戸口に到着して上着を脱ぎ、スロージョギング開始です。アスファルト舗装の軽い下り坂なので、スロージョギングにはもってこいの道です。悠々と景色を眺めながらの走行。重力に任せて走ったり歩いたりしながら、36分かけて札掛の吊橋に到着しました。赤い屋根の「札掛森の家」が、付近の紅葉によく溶け込んでいます。
森の家の前で、準備運動を念入りに行いました。スニーカーを脱いで登山靴に履き替え、軽く腹ごしらえをします。ヤマビル対策はしません。ヒルの出ない季節を待っていたのです。歩き始めたのは10時半と、山登りにしてはかなり遅めになりました。バスの発車がもう1時間ほど早かったらいいのに、と思ってみても始まりません。札掛には、何台かマイカーが駐車されていましたが、長尾尾根を登っている人がいるでしょうか。
森の家から境沢林道に上がります。林道を南東に少しだけ歩き、丹沢ホーム手前の石段を登ると、すぐに登山道です。さっそく巨大モミの立ち並ぶ森が出迎えてくれました。生きた樹に着いたサルノコシカケ、巨樹の根元の大きな洞。もう、いろいろな不思議に満ちた別世界です。「すてきな山に来たぞ!」と喜びをかみ締めながら、元気よく登って行きました。札掛から新大日まで5.5kmの道程です。途中に距離の記された道標がたくさん立っているので、ペース配分に役立ちます。また、残りの距離が減って行くのを楽しみながら歩くこともできます。
やがて道は檜の森に入りました。木漏れ日が造る円みを帯びた光が無数に落ちています。自分と自分の影とが木々の影を踏み越えて歩く。もうすっかり山の一部になったような気分です。山は逃げなかった。ありがとう。
大きなモミの樹の立つ十字路にやって来ました。道標には直進方向が大洞橋となっています。私の持っている地図には、その道が示されていませんが、「この付近、県民の森コース多数あり」と書かれています。新大日へは、ここで左折するのですが、いきなり杉の大木が倒れて道を塞いでいました。この倒木の先から雰囲気が変わり、小ピーク(760m+)北面の寒々とした道を歩きます。いくつか桟道がありますが、地図に「老朽化」と書いてあるので、一応よく見て注意しながら渡りました。
長尾尾根は、どこから始まるのでしょうか? 登山道は、本谷への分岐を右に分けた後も、相変らず斜面に沿って登って行きます。地図上は、山道が879m峰(上ノ丸)の真上を通過しているように見えますが、実際はその南面を巻いていました。私は、早く丹沢山や丹沢三峰を眺めたいと思い、尾根に上がってみました。すると樹木の枝越しにですが、懐かしい正弦波のような稜線が青空を背景にくっきりと望めました。でも今は枝葉があまりにも多すぎます。この状況は、新大日直下まであまり変わりませんでした。
879m峰を巻き終わって、コルを越えて行くと、ようやく尾根道らしくなりました。開きっぱなしの鹿柵のゲートをくぐり、杉や檜の林を登って行きます。地図に1004mと示されているあたりに休憩台があったので、昼食にしました。道標に、新大日2.4kmとあります。ブナ林はまだですが、紅葉した樹が少しずつ見られるようになりました。時刻はすでに12時半過ぎ。美しいブナ林の入場料(労力)は安くないようです。
こんな所で長い時を過ごしてはいられないので、腹ごしらえができたらすぐに立ち上がりました。歩き始めたらすぐに、真新しそうな土止めの階段道となり、これを登りきると、ようやくお目当てのブナ林が見えてきました。すでに木々の葉も鮮やかに彩られています。思わず、「遅くなりました!」とこちらから言いたくなるほどの美しい空間。この広く、明るく、のどかな庭園を、ひとりきりで歩くのは、もったいない!!
紅葉の枝越しに、丹沢山も丹沢三峰も望めました。映画の中のような風景とか、絵葉書のような、という表現ではもの足りません。カメラのレンズを向けます。画角を変えて3枚撮ったとき、不意に、ピピピピと電池切れのメッセージが出ました。電池の切れるのが早すぎると思いましたが、予備電池と交換するだけのこと。カメラの電池ブタを開けると、何と、そこに予備電池が入っていました。これを取り出して本電池を入れると、いきなりまた電池切れの無情メッセージが…。
残念。やむを得ず、これ以降は、携帯電話で撮影しました。光学ズーム機能はありません。半押ししてピントや露出を調節することもできません。なにより、液晶画面がやたらと青く映るのが気がかりです。(結果は、寒々とした写真になりました。)でも何も撮影できないよりは、はるかにマシ。それに、本当に美しいものは、心に焼き付けるもの。このブナ林の素晴しさは、自分の目で見た人でなければ分らない、ということにしましょう。
静寂のブナ林に、エンジン音が響いて来ました。これはもしや、と思いながら小走りに走って行くと、モノレールがやって来るところでした。実際に動いているのを見るのは、初めてです。上から後ろ向きに下ってくるところでした。ヘルメットを被って運転していた方が私に気づいて、モノレールを停めました。手ぶりで、乗ってもいいよ、と言っているみたいです。乗っては見たいけど、方向が反対です。この少し上で工事をしているとのことでした。
長尾尾根の南側には、大山、二ノ塔、三ノ塔、烏尾山などをよく望める空間がところどころにありました。それぞれ、今までに見慣れた姿とは、少しばかり趣が異なります。特に三ノ塔は丸味が増して、入道の頭のように見えました。他方、北側の丹沢山と丹沢三峰が樹木に邪魔されずに見えるようになったのは、新大日の直下でした。これなら表尾根から長尾尾根に入って眺めるほうが早道です。シロヤシオの咲く季節に訪れるのも、いいかも知れません。
私は、長尾尾根の最もなだらかな部分に、長い時間を掛けて歩きました。新大日に到着したのは、午後2時6分でしたが、日のあるうちに下山するためには、制限時間いっぱいだったと思います。どの山でも、素晴しい場所ほど時間を掛けて歩くのが、私の登山スタイルです。これは変えられません。また、日の短い季節は、早めに林道に下りてしまうというのも、有効な選択肢です。
リュックを下ろすと、新大日茶屋の南側に回って、富士山を眺めました。白く、大きな、影の淡い富士山でした。やわらかな落葉の敷き詰められた長尾尾根を歩いて来たからか、その富士山はいつもより優しく、上品な姿に見えました。そしてその後、いつもより荒々しく感じる表尾根を東に下って、書策(かいさく)小屋跡に至るころには、雲の中に姿を隠してしまいました。幸いこの頃、ポケットに入れていたデジカメ用電池が少し復活しました。数枚のショットなら撮れそうです。政次郎の頭から長尾尾根をじっくりと見つめ、撮影し、また見つめ、政次郎尾根を下りました。
今年の8月にこの政次郎尾根を下ったときは、大変な足の苦痛に見舞われましたが、今回は極めて順調でした。せっかくスニーカーを持ってきているので、登山道の岩石が少なくなったところで、登山靴を脱いでスニーカーに履き替えてみました。歩いてみると、いい感じです。地面のデコボコや小石が足の裏を刺激して、とても心地よく歩けたのです。名づけて、無料の足裏マッサージ。地面の状態によっては、登山靴より多少スピードが落ちることはありますが、今後の山行にも応用できそうに思えました。
戸沢の渓流で、思い切り手と顔を洗いました。塩辛い水が、唇に伝わってきます。山の夕暮れは早く、もう戸沢キャンプ場に日は差していませんでした。これより、大倉までの長い林道歩きに入ります。作治小屋前から振り返ると、表尾根の稜線が西日を受けて赤く映えていました。
暗くなるにしたがって、自然と足が速くなってゆきました。見るものも撮影するものも、なくなるからです。おかげで、大倉の風の吊橋に、予定よりも30分早く着き、1本早いバスに乗ることができました。座席に腰を落ろし、車窓から蕎麦屋の明かりを見ると、1年越しの宿題を片付けたような気分がしました。それはとても心の満たされる宿題でした。
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