櫛形山は、7月中旬に咲く3000万株のアヤメで多くの登山客を魅了しました。現在、その数は激減しましたが、アヤメを回復する努力がなされています。
空気の澄んだ日に登れば、櫛形山は富士山、北岳、赤石岳、聖岳、ほか南アルプスの好展望台となります。
増穂IC → 県道413号 → 丸山林道 → 池の茶屋林道
地理院地図: 櫛形山
櫛形山の天気: 山梨県富士川町 , 南アルプス市
11月10日、山の友たちと南アルプス前衛の櫛形山を歩いて来ました。櫛形山というのは、その形が櫛に似ているからだそうです。中部横断自動車道を南に向かって走行中、とても大きな櫛の形が右手に見えて来ました。標高は2000mを越えますが、一旦登ってしまえば、なだらかな稜線歩きが楽しめそうです。
増穂インターから413号線を西に向かうと、正面にデンと鎮座した櫛形山に心が躍ります。朝日をまともに浴びて、堂々たる山容。その衣装は、やや渋みのあるオレンジ色。その先、丸山林道を登って行くと、道路わきにすらりと背の高いカラマツが立ち並んでいます。まもなく落葉してしまうのですが、今はまだ赤みを帯びた鬱金色(うこんいろ)の松葉を保ち、早朝ながら落日の輝きを見せています。激しく曲がりくねる林道で、ドライバーは運転に集中し、他の者は造化の美に酔っています。
丸山林道の途中で右折して池の茶屋林道に入り、終点の約1kmほど手前の駐車場で車を停めました。ここは東面が大きく開き、富士山の展望台になっています。すでに大きなカメラを構えた人々がファインダーの富士をひたすら見つめています。澄んだ大気。何も障害物のない富士山。私もコンパクトデジカメで何度もシャッターボタンを押しました。
工事関係者らしい人が来て、「皆さん、登山ですか?きょうは工事がないので、終点まで車で入れますよ。」と言ってくれました。この方が撮影したという、ご来光の富士ほか、美しい写真を並べたパネルもあります。平日はこの先で工事があるため、一般登山者はこの駐車場から歩くのだそうです。
私たちは林道終点まで行き、そこに駐車しました。休憩所に大きな案内図があります。いろいろな高山植物の花の写真も掲示されていますが、この季節に咲いている花はなさそうです。軽く準備体操をし、休憩所のわきの登山口から、元気よく出発しました。緑色の櫛の絵の下に、大きく「くしがた山」と書かれた案内板が立っています。
登山道には、カラマツの落ち葉がびっしりと敷き詰められていました。見上げると、すらりと伸びたカラマツに、まだ少しばかり松葉が残っていますが、もうじき無くなりそう。来る途中の林道よりも、ずっと標高が高いからでしょう。池の茶屋林道は、登山口としては山頂まで最短距離にあります。楽チンコースと言ってもいいでしょう。なお、この登山道は電子国土地図に破線で示された谷沿いのルートではなく、右手の尾根の鞍部(桜峠)に向かっています。
樹木の幹や枝におぼろ昆布のように着生しているのは、サルオガセという地衣類だそうです。この後も、上に登るほどたくさん見ました。地上に残る貴重な緑は、カゴシダですが、壊れた篭のようにひしゃげています。登山口からゆっくりと10分ほど登ると、尾根に立ちました。1945m峰と2003m峰の中間の鞍部で、桜峠という名があるようです。ここで姿を顕す青い墨絵のような富士山に、一同うわぁと感嘆の声を上げます。この先も、富士山の展望地はいくつもあり、そのたびに立ち止まって、日本一の山を存分に眺めることになります。
さて、櫛形山への登山路は、カラマツやダケカンバの林が防火帯のように切り開かれ、明るく気持ちのよい尾根道でした。幅広の尾根にジグザグ道が造られています。足取り軽く3分ほど登ったところで、後ろを振り返ると、はるか遠くに雪を戴いた南アルプスが望めました。悪沢岳と赤石岳と聖岳です。防火帯(?)のおかげで、樹木に邪魔されることなく、くっきりとした姿を見せています。私はこの赤石山脈南部の峰々を、反対側の静岡県側から眺めて育ちました。どうしようもなく胸が熱くなります。何度も何度も振り返りながら登って行きました。
桜峠から12分ほど登ったら、白根三山の展望地がありました。日本第二の高峰北岳、第四の間ノ岳、そして農鳥岳が、眼前に丸見えです。まだ積雪は多くありませんが、真っ青な空を背景にきりっと引き締まった姿。来てよかった!と思う瞬間です。私のもう一つの目である、愛用のカメラを構えます。コンデジながら、20倍ズームで引き寄せられて来たその存在感は、もうたまりません。なお、この先、白根三山のこれほどの好展望台はなかったので、別ルートで下山される方は、ここでしっかりと見ておきましょう。
登って行くに連れ、原生林の趣が増し、サルオガセも増えてきました。ダケカンバは、見慣れた姿のものばかりではありません。幹が図太く、巨人のように腕をにょきにょきと突き出して、人が見ていなければ歩き出しそうなのがたくさん植わっています。マルバダケブキの群生地もありました。枯れた茎の先に白いポンポン(綿毛)がいっぱい付いています。花の季節は壮観だろうと思います。登山路に岩石はほとんど見当たらず、腐葉土の蓄積した柔らかな地面を歩くので、足に優しく感じます。
桜峠から40分ほど登ったところのピークにやって来ました。三等三角点があります。地形図上で2051.7mの奥千重と呼ばれる峰です。ここは櫛形山の最高点ではないのでしょうか、山頂標が何もありません。その先、14分行ったところに櫛形山の山頂標が立っていました。こちらの標高は判りません。その横の、山梨百名山の標柱には2052mと書かれています。廃止された古い山頂標が木に立てかけてあり、それには2053.?mと、少数点の下が削り取られていました。そもそも櫛の最高点を決めるのは難しいことなのかも知れません。
この先は、原生林のムードを楽しみながら、暗い林や明るい林を通り抜けて行きます。等高線のまばらな、なだらかで広い尾根が続くのは、櫛形山を遠くから眺めて予想したとおりです。花の季節ではないので、青空に伸ばした木々の高枝を見上げたり、生き生きとした緑のコケ類を見つめたり、老巨木を見て樹齢を想像したりしながら歩いて行きました。「天然カラマツ」なるものがあることも、櫛形山に来て学びました。
裸山の手前に、アヤメの保護地があります。ここで撮影された、山一面に咲くアヤメの写真は、とても魅力的です。私はまだ現実空間で見たことがありません。今は網で囲まれ、ところどころ大人の目の高さに撮影用かと思われる小窓が切ってあります。なんとかあの青紫色のアヤメの花が回復してくれることを願うばかりです。アヤメの大群落が見られるようになったら、またこの山に来ようね、と口々に言います。
裸山は全裸ではありませんでした。落葉した枝越しに白根三山をまずまず望めますが、夏には葉が繁るので、ほとんど見えないことでしょう。花と山とを同時に見ようというのは、櫛形山では贅沢すぎるのかも知れません。他方、東の富士山と南の赤石岳方面は、邪魔する木々がなくてよく見えます。これはお昼の素晴らしいおかずになりました。この裸山の山頂で、1時間近く至福に近い時を持ちました。
帰路は来た道をそのまま戻りました。太陽が南に回り、富士山と白根三山に陰影がついて、またいっそう美しい展望になっていました。
駐車場に戻ると、アンケート調査をしていました。櫛形山に幾つかある登山口を横に結ぶ小型バスを走らせる計画が持ち上がっているようです。実現すればピストン登山だけでなく、周回コースや縦走コースも可能になるかもしれません。遠来の登山者は、山が観光地化することをあまり望まないでしょうが、地元にとっては貴重な観光資源だということでしょうか。
帰りは赤石温泉に立ち寄りました。男性は露天風呂しかなく、しかも混浴だということです。制限時間は1時間。加温された浴槽はわずかに一つ。ちょっとせわしいかなと思いつつ、腰にしっかりとタオルを巻いて行きました。先客の家族に女性もいましたが、私たちが洗い場で汗を洗い流している間に、その方は出て行きました。内風呂に移られたようです。湯は茶味を帯びた色をしています。枯れ切ったモミジの葉が飛んできて、そのまま風呂に浮かびました。
この日は山の恵みをたっぷり受けて帰宅し、翌朝の目覚めも爽快でした。櫛形山にアヤメが10分の1でもよみがえったら、必ず見に行きたいと思います。
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