丹沢の長尾尾根には、ブナやカエデの多い森林があります。秋は紅葉が美しく、初夏は豊かな緑に潤います。
丹沢表尾根と長尾尾根の接点である新大日の近くには、シロヤシオやトウゴクミツバツツジが自生しています。
神奈中バス:秦野駅 → ヤビツ峠 神奈中バス:渋沢駅 ← 大倉
地理院地図: 長尾尾根 1202m
天気予報: 塔ノ岳 , 秦野市 , ヤビツ峠 , 大倉
レポ: 紅葉の長尾尾根
5月21日(月)、絶好の晴天日だった日曜日の翌日、丹沢の長尾尾根を歩いてきました。山と高原地図「丹沢」に、「ブナなど林相が美しい」と書いてあります。紅葉の11月に歩いた時は、全くその通り、大変に美しかったのですが、初夏の今はどうでしょうか? 表尾根と比べると、圧倒的に人気の劣る長尾尾根。歩く人も少ないので、何か隠れた魅力を発見できるかも知れません。
平日朝のヤビツ峠行きバスは、秦野駅発8時25分の1便だけ。50人ほどの乗客がいましたが、増発は無し。私はずっと立って行ったので、走行中、体を前後左右に振られました。ほとんど身動きの取れない車内では、体に力を入れて踏ん張るのみ。ヤビツ峠に着いた時は、筋肉や関節が固まっていたので、バスを降りたら直ぐに整理体操をしました。ああ、疲れた!
さて、ヤビツ峠は標高約760m、札掛は標高約460m。まだ何も登らないうちに、300mもの標高差を下るのです。ヤビツ峠の駐車場から門戸口までは、沢沿いの少々荒れた山道、門戸口から札掛までは、アスファルトの県道。力をできる限り抜いて、スタコラ、スタコラ下って行きました。重力まかせの省エネ速歩です。ヤビツ峠から約1時間で、札掛の吊橋に到着。近所ではめったに見ない、ミスジチョウに迎えられます。山奥に来たんだなあと思いました。
吊橋は、川の二俣に架かっています。橋の上から見下ろす清流は青みを帯びて、靴を脱いでじゃぶじゃぶ歩けば気持ちよさそう。でもヤマビルが心配だし、釣り師が長い竿を出していました。きょうは出発が遅いので、道草を食う時間はありません。何せ、まだ1mも登っていないのです。吊橋を渡り終えると、「虫とバイバイ」を靴と靴下に、かなり濃い目に吹き付けました。約1時間はヒル除けの効果があります。そして10時半過ぎ、ようやく長尾尾根の取り付きに至りました。
丹沢ホームの横を通り抜けると、さっそくたくさんのモミの巨木と出会います。この辺りは「東丹沢県民の森」の一部で、近くには「モミ原生林」とされる考証林もあります。鬱蒼とした巨木群を見上げて歩くと、自ずと深山気分が高まってきました。また、このルートは道標が比較的多く、示された新大日までの距離が、5.5kmから始まって、徐々に減って行くのも楽しみです。新大日4.9km地点の分岐と休憩台を通過した先で、右手の樹間に大山三峰山を望めました。
花はほとんど目にしませんでしたが、ウツギはふさふさ、明るく咲いていました。時おり、蛇の目蝶が低く飛ぶのを目にします。30分ほど登った頃、大きな一本樅のある休憩台で一休みしました。道標は新大日4.4km。冷凍庫で半分だけ氷らせてきたお茶を飲みます。静寂の中、どこか遠くから、「ホホッ... ホホッ...」と、ツツドリの鳴く声が聞こえました。ホトトギスと同じ様に、季節感のある声です。夏も近づいたこの時季、木々の枝はよく繁り、眺望はあまりありません。
さて、その先しばらく、険しい斜面を切って作られた山道を歩きます。鉄パイプと木橋を組んだ、桟道や桟橋も4か所ほどあるので、静かに渡りましょう。ほどなく新大日3.8kmの道標があり、本谷川への道を右に分けます。この地点から登山道の勾配が急増するような感じを受けますが、直ぐに道がスイッチバックに変わるので、あまり足腰への負担はありません。地理院地図に示されている破線の直登路とは異なります。見上げると、もう明るい稜線が間近でした。
やがて登山道わきに、かなり年季の入った、新大日3.5kmの道標を見ると、下積み(?)の道もそろそろ終わりです。その古びた道標の先で、登山道が尾根を巻いて右ターンする辺りは、秋に素晴らしい紅葉が見られました。左手に樹木の茂みを覗くと、ヨモギ尾根と三ノ塔が辛うじて望めます。そして上ノ丸(879m)を避けるように、トラバース道が左ターンし、右手の上ノ丸から下りて来る小尾根と、おもむろに合わさります。つまり、登山道は上の丸山頂を通過しません。
この辺りから、右手に丹沢三峰がチラチラと見え隠れし始めます。左手にも、ぽっかり小窓が開き、山頂にFM放送の電波塔が立つ大山と、その北尾根の地獄沢源頭部を望めました。その後、テンニンソウの大群落を通り抜けるトラバースがあります。花期にはどんな虫たちが集まるでしょうか? そして再び尾根すじに復帰すると、このルート唯一の鹿柵ゲートを通過します。以後は地図の破線どおり、ひたすら長尾尾根の背すじをたどる道となります。
その鹿柵ゲートから3分ほど行くと、しばらく平坦地になります。道標に新大日2.4kmとあるので、ここが長尾尾根のほぼ中間点と思われます。休憩台もあるので、一休みして行きましょう。私はヤマビルに取り付かれないよう、足をブラブラ地面から離してお茶を飲んだのですが、ヒルの気配が全然なかったので、やがてヒルのことも、ヒル除けスプレーのことも忘れてしまいました。きょうは気温が平年並みに下がり、そよ風が全身に心地よく、珍しく汗もかいていません。
さて、長尾尾根の前半(下部)は、ほとんど杉・檜など針葉樹の植林ですが、後半はブナ・モミジなどの広葉樹を主体とした自然林を歩きます。ブナは、はじめポツリ、ポツリと現れ、やがて、ここにも、あそこにもと見られるようになり、遂にはブナばかりの所まで出てきます。新緑の明るい緑は既に終わりましたが、色濃い緑が森の豊かさを感じさせます。5年前の秋に歩いた時は、紅葉がとてもきれいでした。デジカメが電池切れになった、悔しい思い出があります。
かつてブナの木は、あまり価値のある木とは見なされて来ませんでした。でも山の動物たちにとっては、食料を供給してくれる、大切な樹木の一つです。それに、めったなことでは倒れたりしません。老木となっても、急斜面にしっかりと踏ん張っている姿に、感動したことが何度もあります。人里や里山に植えるには、シイ、カシ、ナラ、タブノキなどが優れているのですが、深山に残されたブナやイヌブナの自然林を見ると、どこかほっとした気持ちになります。
さて、長尾尾根には、緑のトンネルもありますが、開放感のある「お庭」もあります。親しい人々と、ピクニックランチでもしたら、どんなに楽しいでしょうか。花について言えば、今年は開花期が例年より10日~2週間ほど早まり、シロヤシオも、トウゴクミツバツツジも、長尾尾根では僅かな残り花が見られただけでした。花を楽しむには、タイミングが大切です。ここの花は見逃しましたが、塔ノ岳北面の自生地まで足を延ばせば、まだ咲いているかも知れません。
新大日の茶屋前に飛び出しました。ヒオドシチョウが飛び立ちます。私はリュックを下ろして、富士山と海と、表尾根の山なみとを見に行きました。多くの人々に知られた、雄大な空間です。緑に浸された長尾尾根から出てきて、交響曲の楽章の移り目のような感動を覚えました。素敵な空間から別の素敵な空間への接点はよくありますが、新大日もその一つです。ところで、札掛以来、ここで初めて人と出会いました。人は皆、特に山では、物語を綴る旅人のように思えます。
新大日に戻ると、ヒオドシチョウに代わって、スミナガシが来ていました。黒地に白と紺の紋様が美しい蝶です。するともう1頭のスミナガシが飛来し、私の前で2頭がつむじ風のようにぐるぐる回り始めました。互いを追っているのですが、縄張り争いなのか、オスとメスの舞いなのか、羽ばたき音も激しく、なかなかの迫力。間もなく、一緒にどこかに飛んで行ってしまいました。カップル成立でしょうか? するとまた別の1頭が飛来し、表尾根の番号標識に止まりました。
新大日から塔ノ岳に向かいます。ここかしこに、トウゴクミツバツツジの鮮烈な花がびっしりと咲き、山を彩っていました。そして山頂に着くと、猫の額ほどの花壇に咲いているのは、何と、レンゲツツジ! 優しいクリーム色と、優しいオレンジ色の2色があり、和やかムードです。これはこれでよし。私はシロヤシオを訪ねて、北面に直行。既に大部分の花は萎れていましたが、遠目にはどうにか見頃です。よかった。シロヤシオは、毎年心をソワソワさせる花ではあります。
下山の話は簡単に。無雪期の大倉尾根は、大小の岩石がゴロゴロ。荒れ肌がむき出しになって、毎度ながら歩きにくい道でした。積雪期には、しばしばぬかるみに悩まされたりもします。こんな欠点はあっても、長い林道歩きを避けられるという点で、大倉尾根は優れています。「変化に乏しいバカ尾根」というのも事実誤認。変化に富むという点では、他の多くの尾根に優ります。大倉尾根の真の不幸は、自然を楽しむよりも、自然破壊を感じる尾根になったことでしょう。
ところで、雑事場ノ平から大倉バス停までの所要時間は、山と高原地図に25分と書いてありますが、私は25分以内で歩けたことがありません。もちろん、小走りをすれば可能です。今回も速足でチャレンジしてみましたが、28分かかりました。疲れた人がいるときは、35~40分を見ておくのが、予定したバスを逃さないためにも良いのではないかな、と思います。最後に、今回も心を満たす山歩きができ、また無事に下山できて、本当に感謝です。
Alt + < = 戻る。 Alt + > = 進む。 Internet Explorer では、最後に Enter を押してください。 了解