鍋割山稜は表丹沢にありながら、表尾根ほどには多くの人々に歩かれず、比較的に静かな散策を楽しむ事ができます。
天候に恵まれれば、鍋割山頂から富士山は言うまでもなく、南に太平洋を望むことができます。
神奈中バス: 渋沢駅 → 大倉(終点) 神奈中バス: 渋沢駅 ← 大倉
地理院地図: 鍋割山
鍋割山稜の天気: 秦野市 , 大倉
レポ: 塔ノ岳・鍋割山 , 鍋割山
11月7日、立冬の日、紅葉の始まった表丹沢の長尾尾根を歩こうと思い、小田急線秦野駅に向かいました。ところが早朝の濃霧の影響で電車が少し遅れ、秦野駅8時9分に到着する予定だった急行が8時21分に到着。私を含めて何人かの登山者がバス乗り場にダッシュしましたが、8時18分発のヤビツ峠行き神奈中バスは、すでに発車した後でした。残念!(この計画は、1年後に実行できました。)
ここでやむを得ず予定を変更して、鍋割山稜に行くことにしました。こちらも紅葉がそろそろ見頃のはずです。次の電車に乗って、渋沢に向かいました。「丹沢・大山フリーパスB」を持っています。
渋沢駅から大倉行きのバスに乗りました。バスが大倉に近づくと、表尾根と鍋割山稜とが青空にくっきり、大きく聳え立っている姿が見えてきました。なかなかの迫力です。まだ紅葉は始まったばかりのようですが、展望は期待できるかもしれません。午前9時近くになって、ようやく大倉に到着。始めからこのコースを計画していたら、あと2時間ほど早く着いただろうにと、まだ残念な気持ちが払拭できません。
晴れているうちに早く登りたいと、はやる気持ちを抑えて、いつものマイペースで登って行きます。大倉尾根は単調なので、筋肉疲労が進みやすいのです。私が写真を撮っている間ににぎやかな若者のグループが先を越して行きましたが、やがてグループはいずれも後れて、あたりは静かになりました。私が小休止を取っている間に、単独行者たちが私を追い抜いて行きます。息を立てず、最小限のエネルギーでスイスイと登る人の顔は、みな穏やかです。
時間と共に、山に霧が立ちこめて来ました。駒止茶屋と堀山の家との中間点にある富士山のビューポイントに来たとき、富士山は雲に覆われてしまう寸前でした。さらに登って、午前11時半、花立山荘に着いたとき、周囲はミルクのような濃霧に満たされ、眺望は全く利かなくなっていました。大倉尾根自体の紅葉は、きれいなところも部分的にはありましたが、こんな霧の中では輝きが足りません。
花立で、下山して来た方に塔ノ岳山頂からの眺望はいかがだったかと訪ねました。すると、その方は一旦息を深く飲み込むような仕草をされ、「山頂はきれいな青空でしたよ。ここは霧が濃いですが。」と、私を元気にしてくれる返事。「本当ですか、ありがとうございます。」私は、一気に足が軽くなりました。ツツジの木の多いやせ尾根を通って、金冷シ(きんびやし)が見えるところまで来ると、塔ノ岳方面に青空が見えて来ました。
ここで、私は右の塔ノ岳に行くか、左の鍋割山に行くか、考えました。そのときちょうど鍋割山の方から下りて来た方がいたので、山稜の様子を尋ねてみました。すると、「紅葉はしているけれども、ガスが濃くてね。」とのこと。今すぐ鍋割山稜に入れば、濃い霧の中を歩くことになるでしょう。私はひとまず塔ノ岳に行って、霧がどう変化するか、しばらく様子を見ることにしました。
さて、塔ノ岳に向かって登って行くと、霧が晴れて、蛭ヶ岳を中心とする丹沢主稜の山々が見えて来ました。山腹が錦のように彩られています。さらに塔ノ岳山頂に至ると、西面に美しく色づいた谷を見下ろすことができました。青空から太陽光が浴びせられ、いっそう鮮やかさを増しています。紅葉は、太陽光を受けるときか、その面積が広大なとき、特に美しく見えますね。他方、東面と南面は全面的に霧の海で、視界がありません。北面はもともと展望が利きません。
富士山は高い空に浮いていました。七合目あたりから上の、白く雪化粧した部分だけが、天空の城のように、動く雲の切れ目から見え隠れしています。鍋割山稜は、南面から押し寄せる濃い霧(つまり雲)で東西に伸びる稜線の先の方まで煙り、鍋割山を確認することすらできません。ただし霧は稜線までは上って来るものの、そこで消えてしまい、稜線の北側にまでは回り込んできません。もう少し霧の勢いが弱まれば、稜線上から北面の眺望を楽しめるかもしれません。
私は鹿の落とした黒い甘納豆(糞)に注意しながらリュックを下ろし、山頂の長ベンチに腰を下ろして昼食にしました。何だか時間つぶしのために塔ノ岳に登って来たようで、塔ノ岳には済まなかった思うほど、西面に展開する秋のパノラマが素晴しく、来てよかったと思いました。塔ノ岳にほほ笑む太陽。鍋割山にもほほ笑んでくれないでしょうか。
30分ほど経ちましたが、鍋割山稜に様子の変わる気配が見られません。秋の日は短いので、このくらいで日和見をやめて鍋割山に向かうことにしました。靴の紐を締め直し、まず大丸を目指します。下り始めると、大きな角を持った雄シカが地面に座っていました。人を見るためにゆっくりと首だけは動かしますが、体は全く動かそうとしません。動物園のシカみたいに、ずいぶんと人馴れしているようです。おかげで写真は取り放題ですが、これで良いのでしょうか?
鍋割山稜に入ると、紅葉した樹木が増えました。歩く人はめっきりと減り、ほんのり立ち込める霧と手を組んで、ここは静寂が山を覆っています。ヤマガラやヒガラのような小鳥たちが、超音波のような細くよく通る声で鳴きながら、群れで通過して行きます。とても気分のよいブナ林の道。この先の鍋割山まで、ずっとなだらかな稜線が続きます。真っ赤や真っ黄色の葉も見頃を迎え、陽が差した瞬間に輝けるよう、準備が整っていました。
小丸尾根付近に、マユミの実が小枝ごと散らばっているところがありました。鳥が実を食べようとして、枝を落とすのでしょうか。実は赤くて鳥の目を引くかもしれませんが、人間には有毒です。果皮が美しいピンク色なので、拾い集めて撮影していたら、通りかかった若い人が「きれいね」と言って足を止め、上を見上げました。マユミの木にたくさんの実が着いています。この実がバラバラにではなく、誰かがいたずらしたかのように、固まって落ちています。
小丸を過ぎると、右手(北側)の樹木が所どころで切れ、丹沢山や蛭ヶ岳がよく見えるようになりました。箒杉沢の白い河原も望めます。(上の写真)手前から谷に落ちる支尾根の紅葉がとても鮮やかです。他方、左手(南側)は、霧に煙ってはいますが、赤や黄色の小さな塊がすでにたくさん散りばめられています。晴れればさぞかし美しいことかと想像されます。南に延びる稜線の向こうには、うっすら白く、川のように光るものが見えます。四十八瀬川でしょう。
ふっくら盛り上がったピークに差し掛かり、黄葉の林を抜けると、鍋割山頂でした。「この先、雨山峠方面は急峻で、ヤセ尾根や鎖場など多く……無理をしないで引き返す勇気が必要です。」と注意書きがあります。私が行く後沢乗越は、1.7kmとなっています。
8年前に、当時小ニの娘と食べた鍋焼うどんは、相変らず980円と書かれていました(ただし、その横に1000円と書かれた木札も斜めに掛かっていました)。もし海が見えていたら、ベンチに座り、登頂記念に鍋焼うどんを食べたいと思っていました。残念ながら南方の遠望は利きません。西方は、雨山、檜岳(ひのきだっか)、シダンゴ山、ほか多くの峰々が鉛色の空の下で、幾重にも重なったシルエットになっています。
草原状の山頂に薄日が差して来て、のどかな雰囲気になりました。のんびりとこの空間と時間とを楽しみたいところですが、コースの最後に、二俣から大倉までの長い林道歩きがあります。私はここで15分ほど休憩しただけで、この日の目的地である鍋割山を後にしました。
鍋割山から後沢乗越へ下る尾根道は、はじめ緩やかですが、すぐに急峻になります。どんどん下れるのは、それ自体は痛快ですが、長く平坦な林道歩きというオマケがつきます。大倉尾根の方は一名バカ尾根とも言われますが、走って降りることもできます。何より、林道歩きを避けられるという大きなメリットがあります。
標高が下がると、大きなモミジの木々に緑の葉が繁っていました。これはこれで、美しいものです。私は贅沢を言えば、紅と、黄と、緑色のモミジの葉が、ほどよく混じりあったのが好きです。
後沢乗越に近づくほど、真正面の栗ノ木洞が高くせり上がって来ました。時間にゆとりがあれば、櫟山(くぬぎやま)あたりまで行き、「表丹沢県民の森」の「芝生の広場」に下りることもできるでしょう。今回は朝の出発が遅れた上に、季節がら日も短いので、後沢乗越から二俣に下りて行きます。(翌2013年2月に栗ノ木洞と櫟山を歩きました。)
二俣から大倉までの西山林道歩きは、覚悟はしていましたが、いやになるほど長く感じられました。やっと林道を離れられる大倉の分岐点に、「大倉バス停 20分」とあるのを見たときは、本当にがっかりしました。大倉でマウンテンバイクの貸し出しをしてくれたら、二俣や戸沢へのアクセスが便利になるのになあと、愚痴を言いたくなってきます。すでに薄暗くなった大倉の野良道をテクテクと歩きながら、きれいな紫色のシルエットになった大山や三ノ塔を見上げると、それでもきょうの鍋割山稜はやっぱりよかったなあと思いました。
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