大丹波川沿いは、他の多くの沢すじと同様、山野草の宝庫です。アカヤシオも所どころに見られますが、尾根すじよりも先に咲いて、散ってしまいます。
都県境尾根のアカヤシオは沢すじよりもやや遅れて咲きます。コースは長くなりがちですが、樹の個体数が多く、花の時期に歩けば十分に報われるでしょう。
西東京バス: 川井駅 → 清東橋 西東京バス: 川井駅 ← 上日向
地理院地図: 日向沢ノ峰
大丹波川の天気: 奥多摩町 , 川井駅 , 清東橋
レポ: 大丹波川から蕎麦粒山 , 蕨山
4月19日、奥多摩にアカヤシオが咲く頃なので、見に行って来ました。大丹波川(おおたばがわ)沿いではすでに散ってしまった木もありましたが、曲ヶ谷(まがりがや)あたりは散り初めでした。都県境尾根では、日向沢ノ峰から長尾ノ丸にかけてたくさんの木が花を着け、つぼみもたく見られました。この日、美しい花がありすぎて、あちこちで大いに道草を食いました。
曇り空の寒々とした朝、ひっそりとした川井駅に降り立ちました。いつものようにバス停に行くと、この4月1日からバス停の位置が青梅街道沿いに移動していました。清東橋(せいとうばし)行きバスを待つのはわずか5人。これでは全く不採算です。それでも新緑の始まったこの季節、土休日なら多くの登山客が乗るのではないかと思います。きょうはどんよりと重苦しい空、しかも冷たい北風が強いという予報が出ています。私はバスを待つ間にラジオ体操をしました。
バスは定刻どおりに来ました。単独男性が一人だけ上日向(かみひなた)で下車し、残り4名が終点まで行きました。私はさっそく大丹波林道に向かいます。奥茶屋で棒ノ折山への登山道を右に分け、真っ直ぐに林道へと進んで行きました。あたりには、ミヤマキケマン、モミジイチゴ、ヤマブキ、タチツボスミレなどが目立ちます。あるところに来たら、ミツバツツジの花が路上に散っていました。上を見上げるとツツジの木はありますが、花は見当たりません。すでに花はみな散ってしまったようです。今年は咲くのも散るのも、例年より早そうです。
林道を1時間弱ほど歩いた頃、大丹波川に下る分岐にやって来ました。「獅口・川乗山方面登山は矢印の方におまわり下さい」と、赤い矢印が描かれています。これに従って川沿いの道に降りると、期待どおり、そこから先は別世界でした。芽吹いたばかりの瑞々しい緑〜黄緑がいっぱいの小道。足下には可愛らしいスミレたち。つつましい花が、何となくほほ笑んでいるように感じられます。沢の水量は少なく、癒しの音楽のように、潤いに満ちた音を立てて流れています。(獅口は獅子口、川乗山は川苔山が正しい。)
スミレ類の他にも春の花がたくさん見られました。コガネネコノメソウとヨゴレネコノメは、目を近づけるほどきれいに見える細かい花。ミツバコンロンソウの白い花はちらほら。同じく白花のニリンソウもいたるところに小群落が見られましたが、花を閉じたままうつむいています。西の方にわずかですが青空が見えてきたので、もうじき咲くことでしょう。標高が高くなってきたのか、ここではミツバツツジも見ごろです。そうしているうちに、きれいな桃色のアカヤシオの花が地面に落ちていました。見上げると、花は全く見当たらず、完全に散った後でした。
さらに上流に進むと、高いところに細かな桜色の花が見えてきました。他でもない、アカヤシオです。近づいてみると、大きな岩の上にきれいに咲いていました。花の数も多く、十分に見ごたえがあります。同じバスに乗ってきたご婦人二人組もちょうど追いついて来られて、花を見て嬉しそうです。ただ、撮影はなかなか難しいのです。花までの距離があるので、コンパクトデジカメの望遠くらいでは、焦点がきれいに合いません。アカヤシオの花は色も姿も優しく、オートフォーカス機能が苦手とする被写体です。
9時半ごろになって、明るい陽が差してきました。木々の葉も花も、流れる水や岩肌も、生き生きと輝き始めています。ニリンソウも半開状態になり、まもなく全開しそうな様子。予報された強い北風は、都県境尾根が壁になって防いでくれているのでしょう。大丹波川の谷は穏かな空気に満ちています。この谷は東西方向に伸びているので、北風の通り道にはならないのでしょう。このまま踊平(おどりだいら)まで、平和の谷を存分に楽しめそうです。
曲ヶ谷沢が出合うところ、転げ落ちそうな大きな岩の上にアカヤシオが咲いていました。この大岩を別の小岩が下から支えています。これを見て、大岩に乗っても大丈夫だろうと思い、恐る恐る岩の上に足を置き、やっと花に近づくことができました。でも近くで花を見ると、大半はすでに萼(がく)から離れていました。風に揺られると、ラッパ状の花弁がスカスカと動いています。次に強い風雨にさらされれば、散ってしまうかもしれません。せめて木の上にあるうちは、色も形も若い乙女のように溌剌としていてほしいものです。
さて、大丹波川沿いの道を上流に進んで行くと、エイザンスミレ、ヒトリシズカ、ヤマエンゴサク、ツルキンバイなどの花が見られました。アカヤシオも見られましたが、相変らずはるか高い位置です。ツツジ科ですから、水はけの良い場所を好むのでしょうが、アカヤシオは特に岩の割れ目などに根を張ることが多いようです。一方、湿り気の多い川沿いには、ハシリドコロが増えて来ました。道の傾斜も徐々に増してきています。やがてワサビ田が現れ、その先の杉林を抜けると獅子口小屋跡に飛び出しました。
獅子口小屋跡には、先ほどの二人組のご婦人が休憩していました。かつてここに小屋があったときは、お茶が飲めたそうです。近くにはマメザクラも咲いていて、一服するのにはもってこいの場所です。この二人は川苔山に登り、鳩ノ巣に下るとのことでした。リュックから紅茶を出して飲んでいた私に、二人は「ごゆっくり」と言って、横ヶ谷平に進んで行きました。私は甘いドーナツを1個食べ、満開のマメザクラのそばに行って少しだけお花見タイム。そして、この谷のツメである踊平を目指して気合を入れました。
歩き始めてすぐに登山道は大丹波川の流れを離れ、バイケイソウがたくさん生えた斜面を登るようになりました。さらに杉林をジグザグに登ると、ほどなく踊平に到着。ここは十字路になっていて、直進する道は「林道を経て川乗橋」と書かれています。「林道」を英語で "Forestry Way" と言うことを知りました。西方には長大な石尾根の東の部分が見えています。私が目指す都県境尾根へは右に進むのですが、この近くのアカヤシオを見るために、左手の川苔山方向にほんの少しだけ歩きます。
踊平のアカヤシオは色美しく目に飛び込んで来ましたが、まだ咲き始めでした。二部咲きといったところでしょうか。もちろん花弁が萼からすっぽ抜けた花は見あたらず、つぼみがたくさんありました。ゴールデンウィークまで花が見られるといいのですが、どんなものでしょうか。
踊平の十字路に戻り、東の方を望むと、木々の隙間から都県境尾根が見えました。いくつもの可愛らしいお坊さんの頭のようなピークを連ねた、長い尾根です。植生の違いか、東京都側は深緑色、埼玉県側は褐色と、はっきり色分けされています。私はきょう、その峰々を一つずつ踏み越えて帰るのですが、何だかとてつもなく遠い道のように見えます。奥茶屋から大丹波川に沿ってここまで長い道をほぼ平坦に歩いて来たのですが、それと同じ水平距離を、これからアップダウンつきで歩かねばならないのです。
これを思うと、けっこう気が滅入りました。もちろん、そんなことは計画変更の理由にはなりません。空は青く、足腰にも何ら問題はないのに、怠慢な考えはすぐに払拭しなければなりません。地図を見る限り、ここから日向沢ノ峰へ登ってしまえば、それ以後に大した登りはなさそうです。第一、行ってみなければどんないいことがあるか分かりません。
防火帯として幅広く切り開かれた尾根道は、気分よく歩けました。太陽を背に受けつつ、軽く汗ばみながら登って行くと、川苔山がほぼ真南に、デンと鎮座。重量感があります。さらに登って日向沢ノ峰の肩に乗ると、飛び出すように蕎麦粒山と三ツドッケが出現。そしてちょうど正午に、この日の最高峰、日向沢ノ峰に至りました。
山頂からの眺望は大したものでした。遥か西方に長沢背稜と石尾根の行き着く果て、高貴な佇まいの雲取山が誘引力を放っています。本来ならこのすばらしいパノラマを眺めながら昼食にしたかったのですが、予報どおりの冷たい北風が吹きつけ、汗ばんだ体が凍えてしまいそう。山頂から東へ少し下って、蕎麦粒山と有馬山への分岐点で腰を下ろし、お昼にしました。この広場の隅に立つミズナラの古木は、暗くなったら踊りだしそうな姿をしています。この木が私を見ているような気がしました。
昼食を済ませたらすぐに立ち上がりました。ここまで大いに道草を食った上にまだ先が遠いので、ここでのんびりしてはいられません。これより棒ノ折山まで、ひたすら東に進みます。まず初めの目標は長尾ノ丸(なごうのまる)、次が槙ノ尾山(まきのおやま)、最後が棒ノ折山(または棒ノ嶺)です。初めの長尾ノ丸へは、単純標高差で400mも下降しなければなりません。その途中に4つの小ピークがあり、等高線の密な急降下も3、4回ありそうです。
果たして、都県境尾根の縦走は、いきなり急降下で始まりました。道は直線気味、落葉が堆積し、しかも掴まれるような立ち木も乏しくて要注意です。時間よりも安全を優先し、慎重に歩を進めました。万一転倒でもしたら、ずっと下の方までコロコロ直滑降になりかねません。もし山歩きに慣れていない人とここを歩くなら、逆コースがお奨めです。同じように急な下りは、この後2箇所ありました。
さて、アカヤシオですが、思いのほか多くの場所で咲いていました。大体五分咲きから七部咲きといったところでしょうか。文句なしにきれいです。特に花つきのよい木は、目の覚めるような集団美。見ごたえ十分です。尾根の南面の花は背後(萼側)から見ることになりますが、透過する光が、もともときれいな花をいっそう生き生きと輝かせています。他方、尾根の北面に咲く花は順光で見ます。優美な五つのハート花弁に水彩画のような彩色、木綿の夏服のようなシワ、素朴な和菓子にも似た質感。そして、山奥の岩場に咲く不思議。
アカヤシオの咲く場所ごとに立ち止まって、とっくりと花を愛でていたので、日向沢ノ峰から長尾ノ丸に至るのに2時間も費やしてしまいました。大道草です。乗る予定のバスを1本遅らせることにしました。もちろん、単独行なので、誰に気兼ねすることもありません。
そして次の槙ノ尾山の手前の鞍部では、カタクリの花が待っていました。寒風の吹き抜ける尾根に、背筋をピンと伸ばしながらもちょっとうつむいて咲く花が、健気に思えます。これは素通りできません。腰を低くして見てあげます。あたりには、花のない一枚葉のカタクリもたくさん生えていました。さらに、名前は判りませんが各種のスミレも咲いていて、時間を気にしつつも各駅停車になってしまいました。
棒ノ折山(または棒ノ嶺)に着いた時は、午後3時を回っていました。広い山頂を持つ人気の山ですが、もう誰もいませんでした。美しいヤマザクラを一人きりで眺めます。本当はこの山頂で腰を下ろし、しばらく桜を見ていたかったのですが、上日向で午後4時半のバスに乗るため、早々に下山を始めました。
棒ノ折山からは比較的よく整備された登山道を順調に下り、奥茶屋に戻ってきました。ここからはアスファルトの道なので、スロージョギングで行くことにします。舗装された緩やかな下り坂は、最も楽にスピードが出るので、スロージョギングに最適です。十分なゆとりを持って、上日向のバス折り返し場に到着しました。この日、獅子口小屋跡で二人組の婦人と別れてから、最後まで一人の登山者にも出会いませんでした。
バスを待っていると、熟年男性3人組が到着しました。この方々は、東日原からヨコスズ尾根を登り、蕎麦粒山と踊平を経て大丹波川沿いに下ってきたそうです。お歳の割りには、なかなかの健脚。やはり山中で誰にも会わなかったそうです。
バスは定刻どおりに来ました。乗ったのは山から下りて来た4人だけ。私は座席に落ち着いて、ゆっくりときょうの路程を振り返りました。やや長ったらしいコース取りでしたが、谷でも尾根でもたくさんの花と出会うことができて、とても恵まれた一日でした。中でも、樹上に咲く花を自分の手て触ったり、接写できたことは期待以上の喜びです。やっぱ、山はいいなあとつくづく思いながら、満ち足りた気分で帰宅しました。
Alt + < = 戻る。 Alt + > = 進む。 Internet Explorer では、最後に Enter を押してください。 了解